東福岡
決勝戦を迎えるにあたり、東福岡が設定したいくつかのテーマがある。
一つは、時間を作ること。
ダブルタックルに入り、上げ、時間を作って次のセットをする。どこでターンオーバーが狙えるか探ろう、と準備をした。
もう一つは、フィジカルで負けないこと。
お手本は、昨年9月にオーストラリア高校選抜と対戦した時の東福岡のディフェンス。決勝戦の朝、コーチ陣はその時の映像を繰り返し流した。
何倍も大きいオーストラリアの選手を相手に、何度もタックルに刺さり、ディフェンスで圧力をかけ陣地を押し戻したのちに獲得したペナルティ。
「今日はこれをやってこい」と送り出した。
だから選手たちは、60分間愚直にそれを体現した。
フィジカルで負けず、時間を作る所まではやりきった。だがその先の、ボールを取り返す所まではたどり着かなかった。
「今日はどこまで体を当てられるかが一番の勝負だった。それができたことが何よりです。」
藤田雄一郎監督は、大きな及第点を与えた。
選抜大会中に転機となった一戦がある。
準々決勝・國學院久我山戦。なぜ起こったか分からないミスが、連発した。
だから辛くも勝利を収めた試合の後、ホテルで長いミーティングが開催される。
どこがどうダメだったのか。何が良くて、なぜダメだったのか。
ラグビーの原理原則を、全員でもう一度確認した。
試合のビデオをまずは通常の速度で流し、止める。戻してスローで再生する。
そして、質問を問うた。なぜこの選択をしたのか、他に選択肢はなかったのか。
チェックと質問を繰り返しているうちに、気が付けば3時間経っていたという。
「時計を見たらびっくりしました。3時間経ってたの?って。」
コーチ陣は声を揃えた。
準決勝・決勝と最も印象的だったのは、プレーが止まる度に15人の選手たちが言葉を交わす姿だった。
トライを取った後の円陣でも、あちらこちらから意見が飛んだ。
「(國學院久我山戦後の)3時間のミーティングで判明したのは、コミュニケーションが取れていなかった、ということでした。(藤田監督)」
自分はこういう風に思ったから、こうなるだろうと思った。隣の彼も、そう思っているだろうと思った。だけど実際に思い描くは、それぞれに違うこと。
稗田新コーチは伝える。
「こうなるだろうと思った、というのは自分の勝手な予測。判断でもなければ、コミュニケーションでもない。」
だからその場で改善できることに、まずは着手した。
アタックラインがセットできておらず、ボール出しを待ってほしい時のコーリングを決める所からスタートする。
コールを聞くこと、喋ること、伝えること。「それだけでミスは減るんです。(稗田コーチ)」
高比良恭介キャプテンも言った。「みんな意識が変わった。これでまた成長するんじゃないかなと感じました。」
今年の最上級生たちは、中学3年生の時にコロナで全ての大会が中止になった代。最上級生として公式戦を戦うことなく、中学時代にチームを率いた経験もない代なのだ。
ゆえに1試合ごとにトライ&エラーを繰り返すこと。自分たちでミーティングをコントロールすること。すべてが全国の舞台では初めてだった。
「その代の勢力図は、全国ジュニアでだいたい分かります。だけど今年の代はそういう情報が何もないので、選抜大会を戦ってみなければ分からなかった。
だから今回決勝まで行けた上に、フィジカルバトルで負けなかったこと。これでまた花園戦えるね、ということが分かりました。(稗田コーチ)」
1月7日までの道筋を描く算段を、立てることができた。
収穫はそれだけではない。選手たちの精神的な成長にも、目を見張るものがあった。
「こんなに短期間でメンタルは成長するんだな、と。選抜で戦った、この5試合の経験は大きい」と藤田監督は目を細める。
シリアスな試合を経験すること。本気でミーティングすること。スタッフ陣も、本気で選手たちにぶつかっていったこと。
「自分たちで考え、トライする。失敗しても、逃げない。その成功体験を積み重ねることが、高校生にとって一番の成長に繋がるんです。ラグビーをするのは自分。やらなきゃいけないのも自分。それがすごく分かった大会になったんじゃないかな、と思います。」
負けっぷり、と藤田監督は繰り返した。
1月5日の壁を破り、6年ぶりの花園優勝を成し遂げた昨季。
1番から15番までの全員が、総入れ替えとなった今年の新チーム。
掲げたスローガンは『彩(いろどる)』だった。
今季新しく制作したチームTシャツの背中には、白いインクで大きな『彩』の文字を記す。
「白色はどんな色にもなれる。1番から15番まで一人ひとりが自分の色で彩ろう、と白にしました。(高比良キャプテン)」
1年間掛けてそれぞれの色を見つけ、磨きたいのだという。
果たして春、桜の季節に描いた『彩』とは。
「完全アウェーだと分かって挑んだ決勝戦。自分たちの個性を出して、グラウンドを自分たちのものにしよう、自分たちの色で彩ろう、と。前半の10分間は自分たちが彩れたかな、と思います。だから次は60分間、彩り続けることにチャレンジしていきます。(高比良キャプテン)」
藤田監督は言う。
「僕たちにとっては、ゼロからのスタート。やっとこの熊谷で、芽が出ました。もし選抜で5試合できなかったら、まだ土の下に埋もれていたと思います。
芽が出るか出ないか、という所で5試合やりきったこと。大きな怪我や、コンディションを崩した選手もいなかったこと。良かった試合も悪かった試合も、いろんなサイクルで過ごすことができたことがこのチームにとって何よりもの財産です。」
決勝戦後、藤田監督が提示した一つの数字がある。
『278』
このまま順調にいけば、花園で桐蔭学園と最短で対戦する可能性がある日付は1月3日。
その1月3日まで、3月31日時点で残り『278日』なのだ。
「もう、ワクワクしかないよね。(藤田監督)」
残り278日で、芽吹いた種をどれだけ太い幹にして、どんな種類の、何色の花をそれぞれの枝に咲かせられるのか。
可能性しかないから、ワクワクしかない。
「僕たちは、自分たちの手で花園優勝の景色を掴みにいきます。今日この日を忘れずに、1年間励んでいきます。(高比良キャプテン)」
シルバーメダルから始まる1年間。278日間で変化し続ける彩を、楽しむ1年が始まった。
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3トライ目のアシストをした12番・神拓実選手。
「ボールを持った時に、桐蔭学園さんが流してきていることが分かった。自分がキャリーして引き付けて、足が速くてステップも切れる(15番・隅田)誠太郎に繋ごうと思いました。上手くキャリーして放れたかなと思います。」
苦しいゲームになった時に、自分が得点源としてパスやキック、アシストできる存在になりたい。「去年の(12番だった西)柊太郎さんがお手本です。」
2トライ目の起点となったのは、9番・利守晴選手によるショートサイドへの持ち出し。
「ラックサイドが空いているのは途中から見えていた。そこを突こうと思って走りました。」
今日はFWが終始体を当てていたが、コントロールできなかった僕の責任だと繰り返す。「FWは負けてなかったし、BKも負けていなかった。その中で僕がコントロールしきれなかった。冬までにもっと上手くなって帰ってきます。」
花園連覇は、まだ遠い所にある。「今日負けたことで、まだまだこれからだなと思いました。」
関東新人大会では圧倒的な強さを見せた桐蔭のセットプレー。この日はスクラムで2つのペナルティを獲得した。
3番・茨木海斗選手は「スクラムは自分たちの仕事。バックスを助けるためにも、自分たちの仕事をやっただけ」と気を抜くことはない。
「自分たちが足りない所はまだまだある。悲しむよりも、良いスタートと思って花園に向かってしっかりと、去年のチームの真似ではなく新しい今年のチームを作っていきたいと思います。」