2023年3月26日、日曜日。
アイルランドらしい数分毎に変わる空模様の下迎えた、高校日本代表とU19アイルランド代表との第2戦目。
ふだん試合をすることのない午後6時キックオフは、馴染みのないサマータイムに変わった当日ゆえ、前日までの午後5時に相当していた。
相手には、つい1週間前にグランドスラムを達成したばかりのU20 Six Nationsでスコッド入りしていたメンバーもいる。
若き桜の戦士たちは、幾回りも大きい相手に対し微塵も臆することなく立ち向かった。
遡ること2日前。宿舎に併設されているグラウンドで行われた全体練習は、明るく、活気に溢れたものだった。
良い雰囲気の中で練習ができた、と口々に話した選手たち。
第1戦目に勝利した後、よりチームがまとまったと話すのはHO大塚壮二郎選手。FWリーダーの白丸智乃祐選手も「僕たちはファミリー」だと自信を持った。
試合前日のキャプテンズラン。
高校生として最後の練習は、選手・スタッフ全員で一つの大きな円陣を組んだ『エナジー』ハドルで幕を開けた。
ここでも、ミスの少ない、締まった練習が行われる。
そして最後には26人で肩を組み、チームソングを歌った。
そうして迎えた、勝負の2戦目。HONKIの70分。
司令塔を務める伊藤龍之介バイスキャプテンは言った。
「みんなで楽しいラグビーを作ろう。」
選手たちの手首に巻かれたテーピングには、いくつもの「エナジー」の文字が並ぶ。
エナジーが、このチームの真の共通語となった。
西BKリーダーの左手首にも「エナジー」の4文字が
試合はキックオフ早々に先制パンチをくらった。
だが、そこから強さを見せた日本。
ディフェンスでプレッシャーを掛け続ける中で、一瞬ボールがハンブルした所を見逃さなかった13番・飯岡建人選手がまずは1トライ目。
直後には12番・西柊太郎選手が左隅を狙ったキックパスを蹴り上げると、14番トゥリマファ・トゥポウ選手がデッドボールラインまで僅か数㎝の所で追いつきトライ。
マイボールスクラムからデザインされたアタックがスムーズに繋がったのは、さらにその3分後。15番・矢崎由高選手のラインブレイクから最後は14番・トゥポウ選手が再びトライを奪った。
僅か6分間の間に決めた、3連続トライ。ファーストクオーターで主導権を握った。
トゥポウ選手のトライ後、リザーブの選手たちも駆け寄り抱きついた
セカンドクオーターには、ラインアウトモールからのトライ。その2分後にもグラウンド右側で自在なパスワークを見せると、最後は11番・青栁潤之介選手が体勢を崩しながらもしっかりと地面にボールをついた。
運でも、たまたまでもない。
実力で上回った日本が、前半5トライを奪い13点のリードで折り返す。
後半はペナルティに苦しんだ。
適応できないもどかしさ。言葉が通じず、なぜペナルティになっているのかも、何がいけないのかも理解できない場面が続いた。
ありとあらゆる反則を取られてしまう。
伊藤バイスキャプテンは言った。「世界には、全く違う価値観のラグビーがあった。」
レフリーとのコミュニケーション役を担う大川虎拓郎キャプテンも悔やむ。「こっちにはこっちのルールがあって、文化があった。それを知らないままアイルランドに来てしまって、上手くコミュニケーションを取れずストレスが溜まってしまった。キャプテンとしての役目を果たせなかった。」
肌身をもって、全員が『世界』を感じた。
13点のリードをもって前半を折り返したが、後半は17分に決めたモールトライ1つのみ。
反対にアイルランドには3トライを決められ、ゴールキックも前後半併せて6つすべてで成功を許した。
後半33分に決められたトライで、41-40。逆転を阻止しようと全員でキックチャージに駆け出したが、世界を知るアイルランドは動じなかった。
ゴールポストに吸い込まれ、41-42。
テストマッチレベルで必要なことを痛感した、後半の35分間だった。
届かなかった、1点。
「どうしたら、この1点を返せるようになるのか。それをこれから考え、強くなって次のカテゴリーに進んでほしい。」
髙橋智也監督は、そう締め括った。
セカンドリーダー(タックルに入ってから2秒後には次のタックルに入る準備を整えること)を務めた6番・松沼寛治選手も、決意を新たにした。
「U17の活動がなかった中で、初めて体験した世界の舞台。あと一歩届かなかったが、そのあと一歩がユース世代だけではなく、どのカテゴリーにおいても今の日本の現状だと思う。どうしたらその差を埋められるか、をもっと突き詰めるべきだと感じました。」
26人全員で戦った。
試合前も、試合中も、ハーフタイムも。
コーチ陣のアドバイスは最小限で、グラウンドに立つ選手たち自身で戦うべきポイントを整理しながら改善し、70分間をレベルアップさせていく姿は圧巻だった。
オンとオフの切り替えも高校レベルを超えていた。一瞬にしてスイッチを切り替えられる選手たちだからこそ、トライを取られても引きずることなく、70分間大崩れしなかった。
自分たちで当たり前のように、その術をすでに習得していた。
日本のU19世代は、既にこのレベルまで来たのだ。
日本のトップ高校生たちが戦うフィールドは、確実に上がった。
だからこそこれからは、世界と対等に戦うための術を身に着ける段階まで来たのではなかろうか。
例えば、レフリングの基準を合わせること。
例えば、レフリーと英語でコミュニケーションを取る方法を習得すること。
世界には、違う価値観のラグビーがあると知ること。
素晴らしいファミリーを当たり前のように作り上げた一方で、まだまだできることはある、と未来のU19世代へ希望を抱く時間でもあった。
試合を終えると、大川キャプテンは涙を堪えながら言葉を紡いだ。
まだ、このチームで戦いたい。だけど高校日本代表活動はこれで終わり。だから・・・
「上のレベルでもう一回全員で集まって、絶対今度は倒そう。日本に帰って、強くなろう。」
そして、アイルランドの地で誓った。
「僕たちは、この桜のジャージを着て世界と戦っていきます。」
「日本代表として、国を代表して戦うことの責任感」を口にした、BKリーダーの西選手。
「世界を知って、もっと世界を知りたくなった」と話したFB矢崎選手。
胸に光る桜のマーク。その下には、「HIGH SCHOOLS」のマークが入っている。
これがいつしか、シンプルな桜だけのジャージになる日には。
もっと大勢の観客の前で、何万人が入るスタジアムで、この悔しさを晴らす日がやってくるはずだ。