開花、東福岡
ピッチイン目前。
幾名かの選手たちの目に、光る雫が映った。
No.8古田学央キャプテンは言う。
「梁瀬将斗がウルウルし始めて、梁瀬拓斗も話しているうちにウルウルし始めて。うそやん、って思っていたら、この大会にかける想いがこみ上げてきました。3年生の力があっての、今なので。(スタンドから)頼もしい仲間が応援してくれている声に、自分は一番、グッときたものがありました」
東福岡が1年間で最も大切にする、この福岡県大会決勝戦。
試合前日には会場へと赴き、下見をする。その後学校に戻ってキャプテンズラン。
最後の練習が終われば、監督らコーチ陣はスーツを着用し、ジャージープレゼンテーションへと臨むのが恒例だ。
「花園はおまけ」と常々話す藤田雄一郎監督。
例年、1年間の強化スケジュールも、この福岡県大会決勝までしか事前の用意をしていない。
東福岡が年度初めに設定した『日本一奪還』という目標は、先月のうちに『花園出場』へと変わった。
第77回全九州高校大会福岡県予選大会で、筑紫を相手に36-24。
第11回全国高等学校7人制大会 福岡県予選大会では、同じく筑紫に対し26-21。
今季、僅差での戦いが続く筑紫を前に、日本一奪還よりもまずは福岡県で1位にならなければその権利を獲得できぬと奮起してのことだった。
目の前の1戦1戦を、100%で。
福岡県大会全4戦をフルメンバーで戦い抜けば、トータルで343得点、19失点。
全ての試合で、圧倒した。
特に決勝戦前の1週間は、メンバー入り叶わなかった3年生たちが徹底的に相手をした。
それが「本当に大きかった」とは、梁瀬将斗選手。
藤田監督も感謝の言葉を続ける。
「アタック・ディフェンスの練習で、3年生たちが筑紫高校よりも強いアタック、強いディフェンスをしてくれた。特にFWのやり合いの所で引けを取らなかったのは、BチームのFWが重さもパワーも、筑紫以上の力をつけてくれたからかな、と思います。仮想・筑紫高校で準備ができた。それは3年生が、全てやってくれたことです」
3年生力
夏のはじめのことだった。
アタック・ディフェンス練習時に並ぶメンバー表で、いわゆるAチームから3年生が全員、外されたことがあった。
AチームとBチームが総入れ替え。Aチームには、下級生の名ばかりが並んだ。
奮起した3年生たち。危機感、そして負けたくないという気持ちとが相まって、1・2年生チームを圧倒した。
「自分たちの代だからこそ、相手が1・2年生といえ手を抜かず、自分たちの本気を、強さをみせようとプレーしました」と振り返ったのはWTB遠藤裕人選手。
それから数カ月が経ち、迎えた福岡県決勝戦。
先発15人のうち、3年生の名が並んだのは8人分。
3月の全国選抜大会1回戦は7人、6月の全九州大会決勝戦では6人。
いま、グラウンドに立つ過半数が3年生となった。
LO熊谷鼓太郎選手。
怪我をしたことも相まって、調子の上がらない日々が続いた。
先発復帰は、夏の終わり。藤田監督が「成長した選手の1人」と評する194㎝のジャンパーは、ラインアウトでの活躍を期待され先発すると、決勝で1トライ。
「トライできたことは良かったですが、接点で前に出られなかったことは課題。これから更にフィジカルを強くして、チームに必要不可欠と言われるような選手になりたい」と花園を見据えた。
LO梁瀬将斗選手。
昨年の菅平では『ネクスト』の中心選手としての日々を経験した、梁瀬双子の弟。
試合前、涙は流さずとも込み上げるものがあった。
「今年1年、苦しくて。試合前には、昨年の3年生たちからたくさん連絡をもらいました。利守晴くん(現・青山学院大学1年)から『一番体張ってこい』と言われて、スイッチが入りました」
約束通り、一番に体を張って、何度もボールを前に進めた。
今季FWに転向した、梁瀬双子の兄・FL梁瀬拓斗選手は、バイスキャプテンを務める。
トライを取った人のもとに何度も駆け寄れば、毎回必ず、大きく腕を広げた。
それでも締めるべき時には厳しい表情で締める心の強さも、しっかりと兼ね備えた。
SH中嶋優成選手は、全敗となった全国7人制大会での予選リーグ1日目を戦い終えると、福岡から応援に駆け付けた家族へ伝えた。
「福岡から来てくれたのに、ごめん」
どれだけ苦しい1年になろうとも、東福岡のスクラムハーフ像を貫いた。
捌くハーフ。サポートのハーフ。
そして、タックルした相手が倒れるまで離さないハーフ。
11番・遠藤裕人選手は今季、BチームとAチームを長らく行き来した。
ラストチャンス、と与えられた僅かな出場時間で結果を残したのは、夏の菅平でのこと。
何度失敗しようとも、何度怒られようとも挫けぬ、3年生のプライドを体現した。
昨季のU17日本代表でもある13番・深田衣咲選手は、ここぞという場面での力強さを増した。
自らで勝負を仕掛ける場面と、ボールを手放す場面と。
バイスキャプテンとしてチームメイトを信頼し、使い分けることができるようになれば、より個として脅威になった。
15番・三好倫太郎選手は、最後尾からディフェンスの指示を出す東福岡のフルバックを継承する。
左腕には、歴代の15番が引き継ぐオレンジ色のリストバンドが。
「今までずっと試合に出られず苦しんでいましたが、ようやく(準々決勝・)福岡高校戦からチャンスをもらって。しっかりと結果を残そう、という思いでプレーしました」
フルバックらしくゲインメーターを稼ぐ場面もあれば、セカンドマンとしてウイングのサポートに入る場面も。
グリーンを着て、オレンジを巻く。東福岡の15番に、いま名を連ねた。
そしてNo.8は、古田学央キャプテン。
藤田監督がかつて背にした番号を引き継ぐ者として、見せるべき背中を見せられるようになった。
試合を終えた古田キャプテンは、安堵の表情を見せ、呟く。
「この大会にかけてきた思いが強い。花園に出場する権利を得られて、素直に嬉しいです」
少しずつ東福岡らしいラグビーができるようになった、この1年。
先輩たちが培ってきた土壌に水をやり、肥料を蒔き、根を張って、そしてチームは今、ようやく開花の時期を迎える。
今季がスタートして10カ月。やっと、二分咲きの季節が訪れた。
それでも、憧れるヒガシのラグビーには、まだまだ遠い。
「この大会を通して、ディフェンスの力が上がりました。3年生は花園の登録メンバー30人入りを目指して、死に物狂いでやると思う。1ヵ月間切磋琢磨して、良い30人を目指していきたいです」
1月7日に満開の花を咲かせるため。これから、新たな栄養剤を注入する日々は始まっていく。
日本一奪還
いま、東福岡が改めて掲げる目標は『日本一奪還』だ。
11月10日以降のスケジュール帳にも文字が並び、強化プランがようやく示される。
「メンバーはまた、これからゼロベースでのスタート。3年生の底力がどれだけ出るか」と藤田監督は期待する。
「この期間が一番伸びる。一番、幸せな期間です」
古田キャプテンも「昨年の先輩たちの悔しい姿を見てきました。花園奪還を目標にやっていきます」と改めて誓う。
一方、決勝戦で奪われた1トライが「今年の甘さ」と指揮官は表現する。
「あそこでねじ込んで、取られない!というのが優勝を目指していく東福岡」なのだという。
チャージされたキックを蹴ったのは、2年生。
「今まで蹴ったことない。走ればいいのに」(藤田監督)と振り返れば、残り1か月半は「何をするか、よりも何をしないか」に注力すると言葉を続けた。
まだまだ成長の伸びしろが大きいことを、身をもって実感した選手たち。
ノーサイドの笛が鳴っても誰一人喜ぶことなく、すぐさま大きな輪を作れば、厳しい表情で言葉を交わし合った。
ノーサイド直後の東福岡の選手たちの表情は険しかった。「ハードにディフェンスして、もっと接点で強くならなければ」(古田キャプテン)
今季の全国大会での戦績を踏まえれば、ノーシードの可能性だって捨てきれない東福岡。
花園では「1回戦からどう勝ち上がっていくか。それしか考えていません」と藤田監督は言う。
12月27日からの6戦で全勝すれば、花園通算100勝を達成する記念イヤー。
春の全国選抜大会1回戦敗退、から描かれるラストシーンは、果たして。
この日は、TV番組で出会った『リョウスケ』もスタンドから応援。試合後には、東福岡のグリーンジャージー姿で記念写真に納まった(下段左から4人目)