80分の物語
天理サイド
後半10分を周った辺りから、だっただろうか。
会場の空気が、2年前の同じ日同じ場所で、天理が帝京に29-7と勝利した時のそれに近づき始めた。
あの時もそう。絶対王者・帝京が準決勝で負けるなんて、と戸惑いにも似た空気の振動だったことを覚えている。
この試合、常に圧倒的な声の量で自らを鼓舞し、また相手にプレッシャーを与えた天理フィフティーン。
スクラムには「天理のスクラムだよ!」、ディフェンス時には「がまんがまん!がまん比べ!」、トライを取った直後にだって「上げろ天理!」「明治ここくるぞ!」の声が飛ぶ。
一体どこから、このエネルギーはやってくるのだろうか。そう思った観客の方も、少なくないだろう。
松岡大和キャプテンは言う。「試合のテーマである『自分たちからしっかりプレッシャーを与える』ということが出来ていた。」そう、彼らは愚直にテーマを遂行していたのだ。
2年前の大学選手権決勝で、明治大学に敗れ準優勝におわった悔しさもある。「明治に対して悔しい気持ちがあったので、良い準備をして望めた。このために努力してきた。(10番・松永拓朗選手)」
気持ちと戦術が同じベクトルを向いた今、天理大学は強固な鎧をまとった。
早く正確にパスアウトし、天理の攻撃を支えたSH藤原忍選手。2年前の悔しさを知る選手が多いことも、今年の天理の強み
試合終盤。天理のマイボールスクラムになると、会場の一角から手拍子が送られるようになった。「タタタン、タタタン、タンタンタン」
これはきっと、「谷口・佐藤・小鍛治」と関西独自のスクラム恒例の掛け声を送る代わりに、手拍子でそのリズムを取ったのではないだろうか。そのメッセージを受け取ったのだろう、最後まで雄叫びを上げながら、熱量を落とすことはなかった。
誰よりも大きな声で喜び、誰よりも天に向かって叫んだ松岡キャプテン(写真右)
明治の半分にも満たない、スタンドで見守ったノンメンバーの人数。こんな情勢だから、遠征人数を最低限まで絞ったであろうことが容易に想像つく。
決勝戦は、初めての新・国立競技場。再び緊急事態宣言との報道もあるが、どうか、シーズンを戦った仲間全員が会場に足を運べますように、と願ってやまない。
13番のシオサイア・フィフィタ選手はいう。「この4年、ずっと早稲田と明治に負けてきた。」
悲願の大学日本一に向け、『一手一つ』で戦う。
フィフィタ選手の左手には「GOD FAMILY」、右手には「一手一つ」と記されていた