60分の物語
1st 30mins
3年前の初出場時には、前年度優勝校の東福岡と。
2回目の今年は、シード校である大阪朝鮮と。2回戦、第2グラウンドで戦うのは、埼玉県第2地区代表・昌平高校だ。
前半1分、開始早々トライを取ってきたのは大阪朝鮮。敵陣でラックから9番→10番→3番と繋ぐと、3番・趙英紀選手が右サイドで縦に突き20m超のランからそのままトライ。勝負エリアでの強さをうかがわせる。
一方の昌平は、得意の形・ラインアウトモールでインゴールに迫った。
敵陣22m付近マイボールラインアウトを獲得すれば、確実にキャッチしタイミングを合わせてモールを組む。昌平最大の武器であるモールで5mラインまで到達すると、モールは崩れラック状態に。再びリモール態勢に入るが、またも崩れてしまう。
ラックでゴリゴリ前に進む戦法に切り替えれば、フォワードが次から次へと体を当てにいく。何フェーズ目だろうか、インゴールまであと数センチまでたどり着いた頃には「越えろ越えろ!」「ちょっとずつで良いんだよ!」とベンチから絶え間なく声が掛かった。
しかし、直後に吹かれた笛は昌平・オフザフィートの反則。最初にして最大のトライチャンスを、掴み取れなかった。
前半12分。転機が訪れる。
昌平のマイボールスクラムが相手に渡ってしまうと、大阪朝鮮は一気に右サイドに展開した。
ここを抜かれたら独走トライ、という場面で、体を張ってタックルに飛び込んだのは黒埼キャプテン(12番)だった。ボールキャリアをタッチに押し出し、ピンチを脱出。キャプテンの「ここぞ」という気迫が、チームを救った。
しかし。
言葉のとおりタックルに『飛び込んだ』代償は大きかった。グラウンドに再び戻ることはできず、そのまま負傷退場。
代わって24番・平塚和選手(2年生)がピッチに入る間際「悪い、頑張れ」と肩を叩き、ピッチへ送り出した黒埼キャプテン。『気持ち』は、しっかりと仲間に託された。
黒埼キャプテン(写真右)は短い出場時間がながらもハードワークが光った。4月には國學院大學に進学する
25分、敵陣10mで相手のノックオンを誘った所から、再び昌平が攻め立てる。
「これ取って帰ろう!」と声が響けば、先ほど負傷退場した黒埼キャプテンも代わりに入った選手にポジションを指示する。
が、得意のラインアウトでボールが相手に渡ってしまった。9→14→8番と一気に繋ぎ切られ、逆にポールの真ん中にトライを決められてしまう。
あと数センチまで何度も迫った。なのに取りきれない。
後に、黒埼キャプテンはこう振り返る。「前半に1トライ取れていたら、流れが変わったかな、って。」
前半を17-0の大阪朝鮮リードで折り返す。
ラインブレイクにキックに大活躍だったFB北川拓来選手