東洋大学
「選手は精一杯、力を出し切りました。隣にキャプテンもいますが、お疲れ様でした、という思いでいます。
今日はたくさんの人に来て頂き、また期待をしてくださったので残念な気持ちはありますが、自分たちの力は出し切ったと思います。」
試合後、福永昇三監督は言葉を選びながら振り返った。
この試合のテーマは『愛情』。
家族に対する愛情、チームに対する愛情。互いを、仲間を信じる愛情。
「ゲインラインには常に、ノンメンバーたちが居てくれている、と思ってプレーしています」と話すは9番・神田悠作選手。
『Save Your Brother』を合言葉に、自分たちが守るべきものを明確にして戦うのが東洋のスタイルだった。
試合は早稲田の先制トライで幕を開ける。
インターセプトを許し、7点を献上したのは前半15分。「最初の方は緊張と焦りがあった」とキャプテンは正直に話した。
そんな雰囲気を感じ取ったのは、スタンドで観戦していたノンメンバーたち。
出来る限りの声を、届けた。
「頼むぞ東洋!」「いくぞ!俺らがいるぞ!」「任せたぞ!」
「ああいう声を聞いていると、タックルも逃げられないですよね。」
覚悟を決めた9番・神田悠作選手は、15番・田中康平選手からラストパスを受けるとステップを切ってグラウンディング。前半29分、東洋大学にとって記念すべき大学選手権ファーストトライを決めた。
前半終了間際には、ラインアウトモールから2番・谷名樹選手が押し込み追加点を。
5点のリードで、前半を折り返す。
トライ後、ノンメンバー席に向かってガッツポーズを見せた神田選手
後半の入りも理想通りだった。
相手のペナルティから敵陣5mでラインアウトの機会を得ると、そのまま一気に押し込みきって追加のトライ。
早稲田を相手に、12点のリードを奪った。
しかし、早稲田の強さが発揮されたのはその後から。
綺麗なラインブレイクを許すと、流れは一気に相手ペースへ。
「後半最初にトライを取って、このままいけるかなと思ったら、相手が修正してきた。名門、何年も勝ち続けているチームはそこで心が折れなかった」とキャプテンは評する。
1季目を終えたジュアン・ウーストハイゼン選手「敗れたことは本当に残念ですが、これもまたラグビー。ラグビーを楽しみ、新しい友に出会うことのできた1年でした。一生忘れることのない日々だったと思います。僕たちの来年の目標は、日本で一番になる所から始まる。来年こそ最後まで駆け上がりたいです。」
だんだんと差し込まれる局面が増えた。
それでも、思い切り体を当て続けた選手たち。
齋藤キャプテンの恐れを知らないキックチャージには、秩父宮が沸いた。
モールを押し込むと歓声が起こった。
SO土橋郁矢選手が高く蹴り上げたハイパントに、両センターの身を挺したディフェンスには、どよめきが起きた。
今大会限りでアメフトへ転向することが決まっている田中翔選手。「悲しいです。出来るだけ長く、みんなとやりたかった。でも(すこし言葉を詰まらせ)楽しかったです。」
だが、やはり早稲田は早稲田だった。
チャレンジャーとしてどこまでも東洋らしくトライを狙い続けたが、大学選手権最多16度の優勝を誇るチームの対応力を前に、無念のノーサイドを迎えた。
「このメンバーで、もうラグビーできないんだ、って。『あーっ』って、なりました。」
ノーサイドの瞬間の想いを、齋藤キャプテンは珍しく言葉にならない言葉で振り返る。
「受け止めきれないですね、現実を。こんなにあっさり終わってしまうものなのか、と。感情が出てくる間もなく、1時間が経ちました。」
この感情を認め、受け止め、消化するには、まだもう少し時間が必要だった。
「今回の試合が出来たことに感謝の気持ちでいっぱいです。
昨年まで2部でやっていた自分たちが、選手権初出場。しかも相手は、大学ラグビーの歴史を築き続けている名門中の名門、早稲田大学さん。
全力で戦えたことに感謝の気持ちでいっぱいです。
でも悔しいです。
自分たちが日本一になるために、トレーニングを積んできたので。それを果たせなかったことが、悔しいです。
でもまだ東洋大学は続いていく。自分たちの代は終わりましたが、これからの東洋大学に期待して頂ければ幸いです。」
試合後の記者会見で、齊藤キャプテンは未来の東洋を思いやった。
「後輩たちに遺せるものは遺したつもりです。」
掴み取った、大学選手権の舞台。
はたして、この舞台から見えた景色とは。
「最高ですね、このチームは本当に。パラダイスだと思います。来年以降も、根っこにあるものは変わりません。(齊藤キャプテン)」
昨年の12月11日は、先輩のため、これまで支えてくれた人たちのために戦った入替戦。
今年の12月11日は、未来の東洋のために。記憶に残る一歩を、ここ大学選手権で刻んだ。
試合後には日英で「素晴らしい試合だった」と書いた横断幕を掲げたOB。試合前には「Now the real season starting!」の横断幕も用意された
たった1人のマネージャー
東洋大学ラグビー部唯一のマネージャーは、4年生の星野光咲さん。
東京のキャンパスに通う星野さんは、コロナ禍、埼玉県にあるラグビー部のグラウンドに立ち入ることができなかった。
必然的にラグビー部員とともに過ごす時間は少なくなったが、しかし思い出は反比例するように濃くなる。
1年次はジュニア選手権でカテゴリー3に上がり、2年次は関東大学ラグビーリーグ戦2部で優勝。3年次には入替戦で悲願の勝利を勝ち取っての1部昇格。
そして4年生の今年、大学選手権に出場することができた。
「みんなのことは、家族というか。愛しているんです、本当に愛おしくて。」
上段左から2番目が星野さん
実は星野さん自身もラグビープレイヤー。出身地である新潟で楕円球を追い、国体を目指している。
「(星野さんが属するカテゴリーでの)女子ラグビーは、国体ぐらいしか全国大会がない。でも、だからこそこうやって様々な大会の景色を見させてくれた選手たちには、本当に感謝しています。」
試合後、選手たちとは帰る先が異なる星野さんは、バスに乗り込む選手たちを見送った。
一人ひとりに手を振り、労いの言葉を掛ける。
「お疲れ様」
「ありがとう」
「かっこよかったよ」
バスが見えなくなるまで手を振りながら、「ちゃんと休んでね」と何度も繰り返した。
選手だからこそ分かること。選手だからこそ尊敬すること。
選手だからこそ、感謝すること。
最後の戦いを終えた今、戦い抜いた仲間に伝えたい想いは一つだけ。
「ありがとう以上の言葉を、探しています。」