60分の物語
桐蔭学園
徹底したのは、桐蔭学園のラグビーだった。
キックオフ直前、ベンチ前で円陣を組んだ桐蔭陣の中心で、城央祐キャプテンは仲間に長いこと言葉を掛ける。
「自分たちのやることは変わらないし、自分たちのやることを徹底して負けるなら仕方ない。それが今の、俺たちとヒガシとの差だから。」
割り切り、腹を決めてピッチに立てたことが良かった、と振り返った。
2トライ先行され、12点のリードを許した。
「簡単に取られてしまったので、良くない雰囲気も、もちろん焦りもあった。あと一つ取られたら厳しかった」とキャプテンは回顧する。
少しずつディフェンスを絞り、相手がミスしたボールをたまたま自分たちが得点に繋げることができた、と話すが、相手のミスを得点に直結させることこそが桐蔭の真骨頂だった。
グラウンド上では、大きな声が60分通して響き続けた。
プレッシャーを掛けるタイミングで聞こえたのは、「桐蔭上げろ」の指示。それと同時にディフェンスラインを上げれば、ブレイクダウンで強烈な圧力を加えた。
「ディフェンスシステムやアタックサインの復唱。サインミス、コミュニケーションミスが起こらないよう、復唱しようとみんなで決めていました。(城キャプテン)」
その声は、雰囲気作りにも役立ったという。
10番・萩井耀司選手が裏のスペースに蹴り込んだボールがダイレクトタッチになると、「狙いは良いよ!」と声を掛けたのは13番・諸田章彦選手。
トライをすれば必ず、トライをした選手のもとに笑顔で駆け寄った。
恵まれた体格も、運動神経もありません。そんな中で自分がやれることは、とにかく声を出すこと。自分で決めたことをやり続けた結果が、少しでもチームに貢献できたのであれば嬉しいです。(諸田選手)
冬を経験せずに迎えた、春。もちろん、不安はあった。
だからこそ、自分たちがやってきたことを信じるしかなかった。
準決勝の時には、自らのステップワークが失敗し乱れたボールを供給してしまうと、地面をたたいて悔しがる姿を見せていたSO萩井選手。
決勝でもミスをした後に再度同じシチュエーションが起こると、過ちを繰り返さない技術とメンタルの成熟度を見せた。
試合後、東福岡・藤田監督としばらく談笑した萩井選手(写真左)
強いチームと試合がしたい、とやってきた春の熊谷。
選抜大会で戦い抜いた5試合すべてで圧倒的な強さを見せ、完勝した。
「1番・3番の強さは全国的にも上のレベルだと思えたことは収穫です。今はFWを当てる直球しか練習していないので、少しずつ色んなバリエーションを織り交ぜながらチャレンジしていきたいと思います。(城キャプテン)」
選抜での優勝は、自信をもたらした。だが「油断はしないように」目標は変わらず、神奈川県大会決勝戦である11月19日に最大の的を置く。
激闘を終えた直後、城キャプテンがまず感謝の言葉を伝えたのは、1期上の先輩たちだった。
「新・大学1年生たちに感謝の気持ちでいっぱいです。」
11月20日に敗れたその日から始まった、桐蔭学園ラグビー部第58期のストーリー。チームメイトには「これからも自分についてきてほしい」と力強く背中を見せた。
***
「チームメイトが頑張ってくれて、優勝を掴めた。とても嬉しいです。」
はにかんだのは、バイスキャプテンの白井瑛人選手。今大会はコンディション都合で試合メンバーから外れ、準決勝まではウォーターとしてチームを支えた。
そしてこの決勝戦で満を持してリザーブ入り。後半28分に白井選手がピッチに現れると、観客席からはひと際大きな歓声が飛んだ。
「期待されているんだな、と気持ち良くグラウンドに入れました。」
抱き合ったのは、13番・諸田章彦選手。関東新人大会では12・13番でセンターコンビを組んだ2人が、この日は交替してピッチに立った。
後を託した諸田選手は、白井選手について「僕ができないプレーを瑛人がカバーしてくれる。僕は瑛人を信頼しています。友だちとしても、プレイヤーとしても大好きです」と笑顔で話せば、白井選手も「僕も大好きなプレイヤー。まさか一緒にセンターを組むなんて思ってなかったのですが、強い絆があります」と返した。
小学生の頃からの知り合いで、同じチームでラグビーをするようになったのは中学生の時。
諸田選手はスクラムハーフ出身。白井選手も長らくフルバック。「お互いにどんどん近づいていって、一緒にセンターを組むことになりました」と笑った。
そんな2人の選抜大会前の練習相手は、1学年先輩の矢崎由高選手。重ねた実戦形式の練習で、何度もラインブレイクを許したそうだ。
「抜かれた後、今のはどうすればよかったとアドバイスをしてくださったこと。抜かれて終わり、ではなく、その後に策を提示してくれることで2人のディフェンスレンジにも、個人のレベルアップにも繋がりました。(諸田選手)」
1年生の頃には「練習で矢崎くんとマッチアップしていた」という白井選手も「あんなプレイヤーなかなかいないんで(笑)そこで習得したディフェンスレンジは、今でも活きています」と肥やしの原点を語る。
掴み取った、まず1つ目のテッペン。そして、踏み出したスタートライン。
桐蔭学園の12番・13番として、果たしてどんなセンター陣を目指すのだろうか。
「目標の花園日本一に向け、僕たち2人が日本一のセンター陣になること。それを徹底して、努力して、2人で作り上げたい。(白井選手)」
「僕はとにかく瑛人が輝けるように、陰で支え続けたいと思っています。そしてチームがレベルアップできるように、練習から声を出して押し上げます。(諸田選手)」