石見智翠館
ウォーミングアップも、試合前の雰囲気も良かった。
だが「それ以上に大阪桐蔭さんの集中力、接点で圧倒されて。最後、(集中力が)切れてしまいました」と言うは、出村知也監督。
冬に向けて、課題を得た60分間となった。
試合後ロッカールームに戻ると、出村監督は選手たちに声を掛けた。
「この負けは、全て僕の責任。みんなに負わせるものは、何もない。」
だが『Play to Inspire』を部訓に掲げる以上、「この試合で誰が感動するのか」とも伝えた。
ここが現在地。
仕切り直しの9か月間が、始まる。
やり返すビジョンは見えている
楽しい決勝の60分間だった。
顔見知りの選手も多く「みんな気合いが入っていた」とNo.8祝原久温キャプテンは言う。
だが「完敗。悔しい、という言葉も出ないです。」
ノートライに、悔しい以上の言葉を探した。
『Play to Inspire』。
見ている人に感動を与えるラグビーをしたい。
だが、大差がついてしまった決勝戦。
「見ている方も、自分自身も、最後の方は勝てると思えなかった」と祝原キャプテンは言った。
でも、いやだからこそ、トライを取られた後の円陣で仲間に伝えた。
「ここで走り続けなきゃ、俺らじゃないねんな。」
その意図について、こう説明する。
「ここで僕らが諦めている姿を見せるのか、それともどれだけ点差をつけられようとも、僕らが必死に前に出て止めようとする姿を見せるのか。どちらが感動を与えられるか、ということをみんなに伝えたかった。」
ここで負けて良かった、と今は思えない。
「負けを美化したくありません。」
だから、誓う。
「やり返すビジョンは見えています。待っといてください。スコアが逆になるぐらい、絶対花園の決勝でやり返します。滾(たぎ)ってます。」
冬の石見智翠館を、楽しみに待つ1年間が始まった。
唯一の1年生
今大会唯一、メンバー登録された1年生は久住洸誓選手。
決勝戦の後半14分、ピッチに立った。
「楽しかったです。でも、負けて悔しいという感情が勝っています。もう少し、何かできたんじゃないかな、って。」
2年生部員は44名の大所帯。
その全員が今大会に帯同しており、1年生部員は久住選手1人だけだった。
初めて2年生たちに交じって過ごした10日間。
「友だちみたいな感じで過ごせた」と先輩たちに感謝する。
そして、決心した。
「僕が唯一出場した1年生。同級生を引っ張っていけるような存在に」と覚悟を見せた。
チームマンたちの分析
1年生の夏合宿で膝の大けがを負い、手術とリハビリの日々を乗り越えたのは、2年生の笠原颯選手。
中学時代は福岡県選抜にも選ばれた逸材。
祝原キャプテンと同じ、玄海ジュニアラグビークラブでプレーした。
「僕はキレイなラグビーが苦手で、泥臭いプレーが得意」と、ディフェンスのチームである石見智翠館を選んだ理由を語る。
以前はウイングやフルバックを務めたスピードスター。だが怪我のため思うようにスピードが戻らず、FWに転向した。
今大会はメンバー入り叶わず、サポートメンバー役へと回る。
登録30名に入れなかった2年生は、15名。うち1名は怪我の治療のため今大会に同行しておらず、残る14名でチームサポート役を担った。
「僕たちにできることは」と考え、対戦相手の分析を一手に引き受ける。
出村監督はいう。
「僕は彼らのことを『チームマン』と呼んでいます。」
チームマンたち
1つの対戦相手の、1つのプレーに対し費やす分析時間は3時間。
ラインアウト、スクラムなどのセットプレーはもちろん、バックスのサインプレーも分析する。
「もちろん、試合メンバーから外れたので悔しい気持ちがないわけではありません。でも心の底から、このチームで勝ちたい。」
日付けが変わっても、映像を見続ける日々が続いた。
1回戦で大けがを負い、戦線離脱したWTB吉岡聖太選手(写真中央)も分析に加わった
そうして迎えた、決勝戦。
今大会5試合目の分析結果も、グラウンドに立つ選手たちの力となった。
祝原キャプテンは言う。
「ラインアウトでは少なからずプレッシャーを掛けられました。本当に感謝しています。」
日本一のマネージャーに
石見智翠館でたった1人のマネージャーは、大向梨愛さん。
父はかつて石見智翠館でコーチを務めており、幼き頃から石見智翠館のグラウンドは我が家のようだった。
中学3年生の時に父が中部大春日丘に転勤したことを受け、一度は自身も愛知県へ引っ越した。
だが、将来トレーナー職に就きたいという夢のため、ラグビー部のマネージャーとして携わることを決心する。
「それなら、めちゃくちゃ大好きな石見智翠館に、って自分で決めました。」
小さい頃から試合を見ていた、石見智翠館のラグビー。愛知に引っ越しても見続けるほど「ラブだった」という。
現在は島根県にある祖父母の家から学校に通っている。
準々決勝では、中部大春日丘との『父娘対決』が実現した。
試合当日の朝、父からは「お父さん、負けへんで」と声を掛けられる。
大向さん自身はピッチに立てるわけではない。ラグビーが出来るわけでもない。
だから選手たちが、代わりに誓ってくれた。
「絶対、俺ら勝ってくるから。」
嬉しかった。
「頑張って、お願いね」と託した。
激闘を制したのは、石見智翠館。
「人生でお父さんに勝てることなんて、ほとんどないじゃないですか」と笑顔を見せる。「娘に負けたわ~」と言う父と、ハイタッチを交わした。
準々決勝で中部大春日丘に勝利し、ガッツポーズを見せたフィフティーン
とびきり仲の良い、今年の最上級生44人。
「日本一のマネージャーにするから」と、入学当初から部員たちは言い続ける。
今年の春は届かなかった、日本一。
「悔しいです。でもこれを経験として、花園で優勝してもらいたい。日本一のマネージャーは、冬にとっておきます!(大向さん)」
この代で良かった、という仲間とまだ見ぬ景色を、一緒に。