この夏、ラグビー合宿の聖地・菅平高原に新しい風が吹いた。
テーマは『高校ラグビーと農業の融合』。
持続可能なスポーツ合宿のかたちを目指し、菅平で始まった2つの新たな取り組みについて、紹介しよう。
菅平高原に恩返しを
「毎夏10日以上の合宿を行ってきた菅平高原に、恩返しをしたい」
その思いから、地元レタス農家の畑で農作業に取り組んだのは、埼玉県は昌平高校ラグビー部の3年生たち。
地元農家への感謝を込め、束の間のオフを利用し、汗を流した。
参加したのは選手15名と女子マネージャー1名の計16名。コーチや監督も同行し、地元農家・柴草誠一さんが所有するレタス畑で、佐藤武司さん(神奈川県レフリー委員長)、清水種苗店(長野市)ら関係者の指導の下、作業に励んだ。
主な仕事内容は、レタス収穫後の畑に残る「農業マルチ」と呼ばれるビニールシートの剥がし作業。雑草取りから始まり、土に埋まったシートを剥がし、乾燥させるために裏返す。通常3人で半日かかる作業も、16人の力を合わせれば約1時間で完了した。
このシートには湿った土が混じり、とにかく重い。そしてラグビーグラウンドの横幅ほど長さが続くため、一気に裏返すには全員の連携が欠かせない
選手たちは力仕事を難なくこなし、シート剥がしではラグビーボールを繋ぐように連携。グラウンド外でも息の合った動きを見せた。
「農家さんの大変さを知った」
「食事のありがたみを実感しました」
作業を行った昌平高校の選手たちの言葉には、グラウンドだけでは得られない実感がにじむ。畑の持ち主・柴草さんも「大助かりだった」と、笑みをこぼした。
「力技ではなく、コツも必要だった」と話した近松哲仁選手は、16人の中でも最も早くコツを掴んだ(写真上段、右から6人目)
今回の取り組みを企画し、昌平高校と地元農家をつないだ三菱商事アグリサービス株式会社の高橋泰寿氏は言う。
「ニュージーランドでは、ラグビーアカデミーと農業教育を結びつける取り組みがある。ここ菅平でも、ラグビーと農業が結びつけば、地域と選手の双方に新しい未来が広がるはずです」
今回の活動は、小さな一歩。だが「今後は菅平を訪れる他校にも広がり、地域とスポーツの新しい関係づくりにつながれば」と、その先に続く道を思わせた。
もっと多くの人に食べてもらいたい
そしてもうひとつ、菅平に芽吹いた新しい試みがある。
昼どきになると街の道路は大渋滞し、レストランはどこも満席。観戦に訪れた人々が「お昼をどうしよう」と頭を悩ませるのは、毎年繰り返される光景だ。
その解決策のひとつとして、長野市の株式会社ユズマルフーズが今年始めたのが「サラダ販売」である。販売場所は、なんとラグビーグラウンドの入り口。高原の風が吹き抜けるその場で、地元の恵みを詰め込んだサラダが手渡された。
もともとは業務用食材を扱う卸会社だが、「菅平高原の美味しいレタスをもっと多くの人に食べてもらいたい」という従業員・永原美雪さんの思いが、この新規事業を生んだ。合宿宿舎へ食材を卸している縁もあり、ばんぶーびれっぢが所有する78番グラウンドで今夏のテスト販売を行うことになったという。
「サラダといえども、チキンや卵を入れて少しでも食べごたえを出しました」と話すのは、永原さんの息子・智大さん。
レタスはもちろん菅平高原で採れたものを使い、枝豆やトウモロコシ、トマトなどの野菜もすべて長野県産にこだわった。
卵の切り方ひとつにも試行錯誤し、彩りや栄養を考えて蒸しエビまで加えた。メニューが固まったのは販売前夜だったと、永原親子は笑みを浮かべながら振り返った。
とにかくみずみずしいレタスと、甘味が凝縮された新鮮な枝豆、トウモロコシにも驚いた。昼食として足りるよう、パンもつく。ボリューム満点
今年は2日間のテスト販売にとどまったが、「来年も挑戦したい」と継続の意思を示しているユズマルフーズ。
ラグビーの熱気と共に広がるサラダの香りは、菅平にまたひとつ新しい風景をもたらした。
発起人の永原美雪さん(写真中央)と息子の智大さん(写真右)
ラグビーと農業と。
菅平高原の澄んだ空気の下で育つ高原レタス。
早朝から大きなトラクターが行き交う畑の隣で、全国から集うラグビープレイヤーたちの夏合宿が繰り広げられるのは、風物詩でもある。
訪れる選手、家族、ラグビーファン、そして地元の人々がこれからも笑顔で過ごせるように。
ラグビー×菅平高原×農業の挑戦は、これからも続いていく。