埼玉県屈指の強豪・昌平高校は、毎夏10日以上をラグビーの聖地・菅平高原で過ごす。
宿舎に隣接するグラウンドで試合を終えると、そのまま部屋に戻ることなく、街中へと向かう1周4kmのコースを走り切って宿へと戻る通称『4K』は、いまや菅平名物となった。
昌平高校の歴史は、半世紀近くに及ぶ。
昭和54年に『東和大学附属昌平高等学校』として開校し、同時にラグビー部も創部。平成18年に学校設置者が変わり「ニュー昌平」として改革が進むと、平成20年には現部長の御代田誠氏が監督に就任。
平成29年に冬の花園初出場を果たし、これまでに5度の全国高等学校ラグビーフットボール大会出場を重ねてきた。昨年は全国高等学校7人制ラグビー大会で初の全国ベスト8入り。昌平ラグビーは、全国にその名を響かせつつある。
背負った責任、芽生えた想い
そんな躍進するチームを受け継いだのが、FW第3列やフッカーを主戦場とする宮元崇主将だ。力強いプレーを持ち味としながら、その心は不思議なほど純真。情熱を抱きながらも、角のない穏やかさをまとっている。
キャプテン就任から8カ月。宮元キャプテンは、強い責任感とともに過ごしてきた。
「最初は、自分ひとりでどうにかしなきゃいけないと思っていました」
練習の雰囲気を整え、試合中は判断を下し、時には監督やコーチの代わりとなって仲間を鼓舞する。
自分を選んでくれた監督、期待を寄せる仲間、応援してくれる家族。その思いに応えるため、いつしか抱え込みすぎることもあった。
エキスポがもたらした風
転機は8月の菅平合宿だった。
昨季セブンズで指導を受けたスポットコーチ、Expo Mejia(エキスポ・メヒア)氏が帯同。フィリピン代表やオーストラリアU18セブンズ代表を率いた経験を持つ指導者が、15人制の昌平に新しい風を吹き込んだ。
「システマチックな動きを知れたことで、自分のラグビーに対する常識が変わりました。エキスポの話を聞くと、いつもハッとするんです。『こういう考え方もあるのか』って。難しさもありますが、それ以上に楽しい。今はさらに頭を使い、声を掛け合いながらプレーしています」
エキスポ氏が伝えたのは、戦術だけではなかった。
「それまでは自分と数人の声掛けでなんとかしていた部分がありました。でもエキスポが来て、“全員でリーダーシップを取る”という考え方を学びました」
新しいシステムは、1人ひとりの主体性がなければ成立しない。
だから宮元キャプテンは「自分だけでなく、チーム全体でプレーする。その支え役になれればいい、というそんなキャプテン像に変わりました」と言った。
委ねる勇気
かつての宮元キャプテンは、トライラインに近づくと、自らがサインを示すことも少なくなかった。
だが「自分が間違えてしまって、チームを混乱させたこともあった」と苦笑する。
「だからこそ、バックス陣の中で、的確に指示を出せるボスが必要。もっと仲間に頼っていきたいです」
今季の昌平では、1年生がスタンドオフを担う。1年生が試合を動かすには、学年を越えた信頼が必要だ。
「僕も頼りたいし、僕たちのことも頼ってほしいなと思っています」
キャプテンは「背負う」存在から「委ねる」存在へ。その姿勢に、少しずつ変化が芽生えていた。
合宿で芽生えた文化
標高1300mの空気の薄さと、連日の試合の疲労が積み重なる中でも、昌平の選手たちは笑顔を忘れなかった。
練習の合間には必ずハイタッチを交わし、互いを讃え合う。
この慣習はこれまでになく、エキスポ氏の計らいで、菅平合宿から始まったことだという。
「エキスポから初めて『みんなでハイタッチをして』と言われた時には、今までになかったことなので驚きました」と、宮元キャプテンは正直に言った。
苦しい練習の後でも、最後に笑顔で終えること。
これまでの昌平にはなかった体験に、選手たちの表情には笑顔が増えた。
弟とともに
宮元キャプテンには、特別な目標がある。
「弟と一緒に、花園でプレーすることです」
弟・宮元裕次郎選手(1年)は、小学生時代に浦和ラグビースクールでキャプテン、中学では江東ラグビースクールでキャプテンを務め、「兄と一緒にラグビーをしたい」と昌平を選んだ。
その存在は、兄にとって誇りであり、喜びでもある。
「単純に嬉しい。でも『一緒にプレーしたいと言っているわりには、まだ出し切れてないだろ』とも思うので(笑)自分の強みを表現しきれていないのかな、って。家でアドバイスすることもありますが、言いすぎてもダメだから、自由にやらせています」
時には兄弟喧嘩もするが、互いの信頼は揺るがない。
「弟がいるから、自分も強くなれる」と言った。
新しい歴史を刻むということ
昌平はこれまで花園に5度出場し、毎年1勝1敗。まだ新年を花園で迎えたことはない。
悲願の花園年越しを達成し「新たな歴史を創る」ことが目下の目標だ。
1月1日に花園のピッチから見える景色を、昌平として知りたい。
そのためにエキスポは、ひとつの合言葉を授けた。
『One Team, One Dream』――ひとつのチームで、ひとつの夢を描こう。
あるミーティングでは、こうも説いた。
「君たちが着るジャージーに入っている文字はなんだ。『SHOHEI』、それだけだろう。君の名前は、ジャージーには書かれていない。それがラグビーなんだ。だから君たちは、チームのためにプレーする。1人が自分勝手なプレーをしたら、それはチームじゃない。SHOHEIじゃない」
なんのために規律を守らなければならないのか。その言葉に選手たちはうなずいた。
チームが一つの集合体となり、一つの夢を抱くために、自分が代表する存在は何なのかを理解すること。
そうしてようやく『One Team, One Dream』の入り口に立つのだと納得した。

夏の誓い
菅平合宿の序盤、ターゲットゲームとしていた花園常連・朝明高校(三重)との練習試合。
新システムを体に落とし込み、躍動した昌平の選手たちは、トライを重ねた。
なんと61-0。9トライを奪い、快勝した。
試合中も、トライを取ればそれぞれが自ずと笑顔でハイタッチを交わす。
そこには誰に言われずとも自らが行動に移し、大きな変化を起こした選手たちの姿があった。
その輪の中心にいたのは、バイスキャプテンでありプレースキッカーのCTB/FB宮本和弥選手。
「緊張している選手もいたので、リラックスさせることも必要だと思った」と、自らの手を伸ばした理由を説明した。
新たなシステムの導入によりプレー選択がシンプルになったことで、宮本バイスキャプテン自身がグラウンド上で発する声も必然と大きく聞こえるようになった。
「新システムになって、1人ひとりの体力をディフェンスに温存することができるようになった。みんな、いつもより疲れていない感覚があります。だからその分、ディフェンスでガツガツいける。良いサイクルでまわっているな、と思います」
自信に溢れた表情は、明るかった。
一方で、変わりゆくチームの姿を見ながら、宮元キャプテンは胸に秘める想いを打ち明ける。
「チームがすっごく変わったな、と思います。でも本当は、自分がチームを変えたかった。だけど、自分ではここまで変えることができなかった」
「みんな自然と声が出るようになって、試合中にも自然とハイタッチするようになっていました。チームが変わったことは嬉しいです。でも同時に、悔しい。自分がチームを変えられなかったことが悔しい」
嬉しさと同時に抱いた悔しさ。それはきっと、次にチームを変えるための原動力になるはずだ。
ほんの数カ月前まで「自分ひとりで背負う」と考えていた少年は、今や仲間と支え合い、夢を共有し、新しい文化を築こうとしている。
昌平でラグビーをする時間もいよいよカウントダウンが始まった今、決意を新たにする。
「自分たちのチームを強くすることはもちろんですが、僕はいま、昌平の文化を次に繋いでいきたいと思っています。以前はAチームだけで昌平を強くしよう、と思っていた部分がありました。でも今は、全員で強くなりたい。AチームもBチームもCチームも、すべての選手が昌平のラグビーを理解して、一緒に成長していきたいと思っています。だからAチームだけではなく、BチームにもCチームにも干渉したい。良い変化をチームに与えていけるように頑張りたいです」
その言葉通り、夏合宿では3年生たちがCチームのウォーミングアップを積極的にサポートした。小さな行動の積み重ねが、大きなうねりとなって文化の変化へと繋がっていくはずだ。
こうして、ひとつのチームはひとつの道筋をたどる。
強さと温かさ、そして未来への覚悟が込められた、昌平の夏の誓い。
『One Team, One Dream. 変化をかける』
