「東福岡高校ラグビー部」
その名を聞けば、多くの人がまず思い浮かべるのは、最先端のトレーニング環境や、攻撃的で洗練されたラグビーだろう。
実際、学校のグラウンドにはワットバイクが14台並び、大学やリーグワンのチームでも実現できないメニューを日常的にこなしている。
華やかなラグビー。スピーディーで創造的な展開。確かにそれらは、東福岡の顔である。
だが、このチームの本質を深く知るほどに、むしろ「昭和的」とすら言いたくなる瞬間がある。
たとえば。
ファーストジャージーを受け取った選手は、その一着を決して床に置かない。地面に触れることは、自分が倒れることと同じ意味を持つからだ。
試合中にトイレへ行く際には必ず脱いで仲間に託し、決して着用したままでは入らない。
ヘッドキャップも同様で、会話をする時は外し、地面には置かず腰に差す。
試合後は真っ先にジャージーを脱ぎ、着たままクールダウンすることもない。そこには東福岡の名を受け継ぐ矜持が宿る。
「小事大事」
小さなことに愛情を持ち、徹底する。
スポーツの神様は細部に宿ると心得る。だから東福岡の選手たちは、日常の振る舞いにまで気を配る。
宿舎の風呂桶や椅子を整えることも、小さな子どもに優しく接することも。
強さと優しさ、その両方を兼ね備えてこそ「かっこいい」と藤田雄一郎監督は常々口にする。
PHOENIX MAN 3LINE Policy
東福岡のファーストジャージーの左腕には、象徴的なオレンジの三本線が走る。
「PHOENIX MAN 3LINE Policy」と呼ばれるそれは、東福岡の根幹を成す理念だ。
RESPECT:すべての環境に感謝し、グリーンジャージに誇りを持つこと
PASSION:苦しい状況でも前を向き、格闘者であり続けること
ATTRACTIVE:強さと優しさを兼ね備え、仲間のために身体を張ること
1年生であっても3年生であっても、さらにはどのグレードであっても「東福岡は東福岡」でなければならない。
その誇りを、選手たちはラグビーで体現する。
勝負とリスペクト
東福岡はとりわけ勝負にこだわる。だから強い。
1年生で花園の舞台を経験した者であったとしても、その翌年にまたそのポジションが確立されているわけではない。3年生になったからといって試合に出られるわけでもない。
激しい競争の中で勝ち抜いた者だけが、ジャージーを手にする。
同時に、ラグビーに関わるすべてに対して尊敬の気持ちを忘れない。
対戦相手がいなければラグビーはできないし、レフリーがいなければ試合は成り立たない。グラウンドが確保できなければ練習すらできない。
だから東福岡の関係者は、レフリーへの不平不満を絶対に口にしない。勝負にこだわりながらも、リスペクトの心を常に持つこと。それが伝統として受け継がれている。
そんな集団を率いるのが、2025年度キャプテン・須藤蔣一選手だ。
出身は埼玉県。藤田監督体制になって初めて、埼玉県出身の選手がキャプテンを務めるという。
そう、東福岡には、東福岡を愛する選手が全国から集まる。
昨年度、花園準々決勝で10番を背負った橋場璃音選手は群馬県出身。小学1年生の時から「東福岡に行きたい」と焦がれ、画面越しに東福岡が敗れる姿を見ては、悔し涙を流していたという。
東福岡とは、まだ出会ったことのない者の心まで掴む、そんな学校だ。
菅平合宿 ― チャレンジの夏
今年の菅平合宿において、東福岡は「チャレンジ」をテーマに据えた。プレイヤーミーティングで、選手たち自身が決めた言葉だという。
Aチームの3年生にケガ人が相次ぎ、試合メンバーが流動的であるがゆえ、各人が最大の挑戦しなければ勝利は訪れない。
やるべきことをおろそかにせず、最後までやり切ること。チャレンジャーであるからこそ、東福岡の基礎・基本を徹底するよう心掛けた。
1日目・常翔学園戦、2日目・茗溪学園戦
初戦は常翔学園との対戦。7-52で敗れた。翌日に行われた茗溪学園との一戦も、21-31と苦杯をなめた。
結果は黒星だったが、稗田新コーチは「良かったです」と振り返った。特にディフェンス面での不備が浮き彫りになったからこそ「どこを修正すればいいのか」がはっきりし、トライ&エラーの過程が踏めたことに手応えを感じていた。
「これから合宿が進み疲弊する中で、どれだけやれるか。どれだけシステムを守れるか」が鍵だと言った。
連敗した夜のミーティングでのこと。
須藤キャプテンは「ミスもペナルティも多いけど、どんどんチャレンジしていこう」と仲間に声を掛けた。
3日目・桐蔭学園戦
この日は前半を1点のリードで折り返したが、後半立て続けに失点し15-33。
もう少し、のところまできたことをうかがわせる内容だった。
須藤キャプテンは言う。
「試合を重ねるごとに、だんだん自分たちのやりたいことが形になってきた。前半はアグレッシブラグビーを意識できたけど、後半は疲れてコミュニケーションが取れなくなった。次からは、試合が終わるまで声を掛け合い続けたい」
新しいディフェンスシステムを導入したのは、7月のこと。まだ間もないからこそ、後半の綻びが課題として浮かんだ。
右プロップの武田粋幸選手は「インターセプトされた後の戻りで、諦めてしまったプレイヤーがいた」と厳しく自己分析。
「どんどん成長してはいる。でも東福岡であり続けるためには、絶対に中途半端ではいけない」と言葉を強めた。
そう、この夏、東福岡に新たなコーチが加わった。
コーチングコーディネーター・田原耕太郎氏。22年間所属した東京サントリーサンゴリアスを離れ、2025年7月1日、母校に戻った。
「どんどんクリアになっている」と変化を語るのは、稗田新コーチ。
田原コーチは指導内容を拡大するのかと思いきや、その逆。よりシンプルに、よりそり削ぎ落した指導をしているのだという。
フォーカスを絞り込んだ指導内容に「僕たちコーチ陣が楽になりました」と言った。
4日目・大阪桐蔭戦
迎えた大阪桐蔭戦。
試合終了間際までリードしていたが、自陣深くでのスクラムでペナルティを取られ、そこからモールで被トライ。
この日も勝ち切れなかった。
須藤キャプテンは試合後、「いつも、最後や。規律」と自らを鼓舞するようにつぶやいた。
しかし間違いなくチームとして進化していることをうかがわせる試合内容だった。
187cm・96kgの体格を誇る1年生ロック長縄領佑選手は、フォワードとして堂々と体を張り続けた。
「150人の代表としてプレーしよう、と思っています」
東福岡という存在が心強いのだと言う。
「自分より上手い選手たちと練習できる方が、成長できると思う。上級生と一緒にプレーできるこの1年生の時間を大切にしたいと思います」と笑った。
同じく1年生の佐藤琉生選手もまた、存在感を放った。中学時代まではフルバックを本職としていたが、入学後はスタンドオフのトレーニングに取り組んできた。
ところが菅平合宿直前、フルバックに故障者が相次ぎ、今合宿では急遽、かねてのポジションを務めることになった。
「緊張する中ですが、先輩たちが怒るのではなくサポートしてくれている。だからここまでプレーできています」と語る。想定外の起用であっても、仲間に支えられ挑戦する姿は、まさに「チャレンジ」の精神を体現していた。
2年生のFL中務創太選手もまた、果敢な突破で2トライを挙げた。
「この調子でフィットネスをもっとつけて、人一倍走れるようになりたい」と、先輩からポジションを奪う覚悟をのぞかせた。
5日目・東海大大阪仰星戦
最終戦の相手は、東海大大阪仰星。
須藤キャプテンは「勝敗は気にしていなかった」と言いつつも、仲間から「勝ちたい」という欲を感じ取った。
結果は、36-15。菅平最終戦にして初勝利を掴んだ。
「勝ててよかった」と喜びを噛み締めたキャプテン。「ディフェンスの時こそアタックマインドを持つチームができてきた」と、5日間の変化を実感する。
大好物のディフェンスを、喜んでディフェンスをすることこそが東福岡。
「みんなが意識して変わっていった。当たり前のことを当たり前にやって、根が張れてきたなと思います」
夏の誓い
東福岡高校ラグビー部。
強く、華やかで、同時に泥臭い。誇りを胸に、リスペクトを忘れず、強さと優しさを兼ね備えるチームが見据える先は、2026年1月7日の笑顔ただ一つ。
大輪の花を咲かせるために欠かせぬ栄養を、まだまだ、まだまだ吸収しなければ。
だから、夏の誓いはただ一つ。
『根を張り続ける』