東海大相模
「悔しいです」
こぼれ落ちる涙の狭間に、懸命に言葉を紡いだ。
「(キャプテンの)重圧があると言われますが、一番近くで仲間が支えてくれました。自分は、楽しんでチームを引っ張るだけ。最高の仲間でした」
CTB中尾思キャプテン。
悔しくてたまらない、とその姿が物語った。

追いかける展開は、想定内だった。
バイスキャプテンであり、フッカーとして最前線に立った中村悠稜選手は言った。
「前半に追いかける展開になることも、想定していました」
相手は東福岡。下馬評では「東福岡優勢」という声も多かったが、その評価にチームが揺らぐことはなかった。
前日のミーティングで共有されていたゲームプランは、極めて明確。
風下では無理をせず、時間を使おう。後半は風上に立ち、エリアを取り続ける。そして、最大の武器であるフォワードのモールで、確実に仕留めきろう。
その言葉通り、試合は我慢の時間から始まった。それでも、スクラム、ブレイクダウン、モール。フィジカルのぶつかり合いで、東福岡と真っ向から渡り合えたことが、選手たちの中に確かな手応えを残していく。
「やってきたことは、通用している」
中村選手自身の事実として感じられた肌感覚だった。

だから、相手がどこであろうと、引く理由はない。
「(東海大相模の現役選手たちは)誰も立ったことのない第1グラウンド。自分たちは一歩も引かず、1年間やってきたことを出せば勝てると思っていました」
聖地の特別な空気の中でも、東海大相模は自分たちのラグビーを前へ前へと貫いた。

だからこそ、ラストシーンは、あまりにも思いがけないものだった。
東福岡に再逆転を許し、4点を追いかけた最終盤。
勝利のためにトライを狙おうと、ラインアウトから得意のモールを形成した。
このまま押し切る。誰もがそう同じ絵姿を描いていたが、ボールはこぼれ落ちた。
モール最後尾でボールを待っていたHO中村選手は「正直、何が起きたのかわからなかった」と口にする。
なぜ取られたのか。どこで崩れたのか。一瞬の出来事に「なぜ取られたのか、今でも把握できていません」という。
チームにとって“当たり前”だったモール。何十回も練習し、何百回も成功させてきたモール。
だからこそ、モールで試合が終わってしまった現実が、簡単には受け入れられない。
「やり切れない気持ちです。今まで磨いてきたモールで経由ミスが起こった。今まで練習してきた形なのに、最後の最後でミスをしてしまった。ずっとやってきたモール。正直、何が起きたのか分からないです」
言葉を選びながら、そう絞り出す。悔しさ以上に、積み重ねてきたものが最後の最後で報われなかった感覚が、胸に残った。

それでも、この敗戦が東海大相模の1年を否定するものではない。
フィジカルで対抗できたこと。モールで勝負できたこと。自分たちのラグビーが、全国の舞台で通用したという事実。
春から、フォワードはバックスに。バックスはフォワードに。互いに課題を突きつけ合い、要求し合ってきた。
時には厳しい言葉も交わしたが、それは、日本一を本気で掴みに行ったからだ。
三木雄介監督は、試合後に言葉を紡いだ。
「やりたかった形は、出せていました」
だからこそ、悔しさはより鮮明になった。勝利が、確かに手の届く距離にあったがゆえに。
とりわけ、2本目のトライを許した場面については、もう一段奥のゾーンまで攻め込む選択肢、たとえばハイパントで前進する判断もあったはずだと振り返る。
「少し、攻め急いだ部分がありましたね」
花園の第1グラウンドに立てたことは、確かに誇りだ。だが同時に、三木監督はこうも言った。
「この子たちなら、あと2試合できたと思います」
準決勝、そして決勝へ――。
そこまで進む姿がはっきりと想像できた、50大会ぶりの準々決勝。
そう遠くない未来に、東海大相模が1月7日にラグビーをしている姿を容易に想像させる。そんな敗戦だった。
