試合概要
第105回全国高等学校ラグビーフットボール大会 準決勝
【対戦カード】
東福岡高等学校 19-38 京都成章高等学校
【日時】
2026年1月5日(月)12:45キックオフ
【場所】
花園第1グラウンド

激しいディフェンスの攻防で幕開けした、準決勝第1試合。
京都成章はフォワードで2トライ、東福岡はバックスで1トライを挙げ、5-12と京都成章のリードで前半を折り返した。


追いかける東福岡は、後半の先取点を奪いたかったが、しかし後半に入ると京都成章のバックスがサインプレーで得点を生み出す。
後半序盤に4連続トライ。
京都成章が一気に突き放し、試合を決めた。
東福岡も終盤に2トライを決め追撃したが、及ばず。
19-38と京都成章がダブルスコアをつけ、決勝進出を果たした。

東福岡
ラックから真っ直ぐに、誰かが飛び出すことなく、全員で一斉にディフェンスラインを上げていく。
そんな明確なイメージをもって、準備を重ねてきた。
手を取り合い、グラウンドを横一直線に覆うように網を張る。ラインは揃えたまま、圧をかけながら前へ出ていく。
東福岡が描いていたのは、そんなディフェンスだった。
だが、実際に「真っ直ぐ」上がり続けることは難しかった。
「真っ直ぐに上がれていない所を(京都成章に)突かれてしまった」
そう振り返るのは、FL古澤将太選手。
WTB平尾龍太選手も続ける。
「京都成章さんのハンドリングが本当にうまくて。当たる瞬間にパスを放られて、後追いのタックルになってしまっていました。そこでどんどんゲインされて、展開されて・・・なかなか良いディフェンスができなかったです」
CTB半田悦翔選手も言葉を選ぶ。
「飛び出さない、というディフェンスプランに対して、(京都成章スタンドオフの)岡元くんがめちゃくちゃうまくて。正直、どうしようもないかな、という感じでした」
真っ直ぐに上がりたかった。だが相手のテンポは速く、一瞬の思わず斜めに出てしまったところ、その隙を京都成章は逃さなかった。

東福岡の新チームが始動してから、初めて喫した敗戦。それは全国選抜大会準決勝だった。
練習試合を含め、それまで負けなしだった東福岡は、3月29日、京都成章に5-22で敗れた。
今季、最初に敗れた相手は京都成章。
そしてシーズン最後の敗戦もまた、京都成章だった。
ファイナルスコアは19-38。
14点多く奪い、16点多く失った。
同じ相手に、2度の黒星。悔しさは増した。


笑って終わろう
後半9分。
5-31と、26点差がついた時のこと。
自陣トライゾーンで円陣を組んでいたバイスキャプテンの平尾龍太選手は、スコアボードを指さし、仲間に声を掛けた。
「最後の花園のグラウンドだから、楽しんで、みんなで笑って終わろう」

その言葉の理由を、平尾選手はこう明かす。
「正直、点差的には厳しかった。そこで自分たちで、ミスでフラストレーションを溜めても意味ないと思いました。でもやっぱり、あんまりうまくいかなくて・・・。結局自分たちのミスでした」

東福岡が前半27分に奪った1トライ目。
自陣深くで左サイドに蹴り込まれたボールをキャッチすると、蹴り返さずにボールを展開した。
右端で平尾選手がビッグゲインを見せれば、No.8須藤蔣一キャプテンらが当たって最後はSO藤野桜生選手がトライへと結びつけた、東福岡らしいトライだった。
ハンドオフしながら自陣22mから敵陣5m近くまで、70m超を1人でボールを前に運んだ平尾選手。
自分がボールを前に運ぶんだ、そんな気持ちももちろんあったという。だが、それよりも「みんなでトライを取りたかった」が一番だった。
「みんながあそこから、自陣でもアタックマインドを持って、諦めずに繋いでくれたボールでした。だから自分が絶対にゲインしてやろう、っていう気持ちでした」
自分がヒーローになるためではない。みんなで、東福岡として取りたかったトライだった。

楽しいだけの3年間
「3年生と2年生のリベンジを、果たすこともできなかった・・・」
涙で言葉を詰まらせたのは、12番・半田悦翔選手。
3年生とは2代上、2年生とは1代上。
自身が1年生だった頃を基準にすれば、その時間の重みがわかる。

3年間、花園の舞台に立ち続けた。
東福岡という最もメンバー争いが厳しい環境で、3年連続で出場し続けることは、並大抵の努力では成し遂げられない。
どんな3年間を過ごしたのか、と尋ねると、半田選手はふっと笑った。
「ヒガシでの3年間、楽しいだけですね」
少し照れたように、続ける。
「本当に楽しかったです。応援してくれていたのは、ラグビー部だけじゃなくて。ヒガシの野球部やサッカー部も応援してくれていました。学校全体で、いい友達に恵まれて。昨日の夜も電話をかけてきてくれました」
そう、彼らは高校生。充実した3年間の高校生活を、部活動を越えた仲間と過ごした。

どのような状況になろうとも焦らないための準備をしてきた。それでも「点数が点数で・・・焦ってしまうところもありました。チームのオプションも、京都成章さんのディフェンスで、だんだんなくなってしまって。最後は個人の強みだけになってしまった」と振り返った
絶対に優勝して帰りたかった
何度もスティール(ジャッカル)を狙った古澤将太選手。
だが笛が鳴ることはなかった。
「自分のスキルが足りなかったです。もっと早くブレイクダウンに入れたら、ジャッカルを取れていた場面もあったと思う。悔しかったです」
自身がラックに頭を突っ込む“2人目のプレーヤー”になれていなかった、そう理解した。

3年目の花園を、涙で終えた。
「1年生の頃から花園を経験して、いろんな先輩から、いろんなことを教えてもらいました。だから絶対に優勝して帰りたかった。決勝に行けなくて・・・悔しいです」
1年生で花園デビュー。トライも決めた。
更なる活躍が期待された2年時だったが、一筋縄ではいかず。夏の菅平合宿では「自分の思うようなプレーができず落ち込んだ」日もあった。だが「自分で努力して、ここまで来ることができました」
苦しみ、もがき、それでも自分を信じて積み上げた時間。
3年目の花園で、古澤選手は紛れもなくチームの中心選手となった。


100勝目、その先へ
今年、花園での99勝目を刻んだ東福岡。
記念すべき花園通算100勝には届かなかったが、その願いは後輩たちへと託した。
「自分たちで100勝目に挑戦できたこと自体が、まずありがたいです。100勝したかったですが、後輩たちに託します。でも、後輩たちには“100勝”という数字にとらわれず、自分たちのラグビーを、フェニックスのラグビーを体現してほしい。来年も、自分たちのプレーを楽しんでもらいたいです」(平尾選手)
敗れても、立ち上がる。なぜならば、フェニックスだから。
「後輩たちなら絶対にフィジカルも上がっていく。コーチ陣から良い指導もしてもらえる。優勝に向かって頑張ってほしい」(古澤選手)
花園100勝、そしてその先の物語は、次代へと受け継ぐ。

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