勝った証は増やさない。一つ星に込めた、桐蔭学園の『花園の白』|第105回全国高等学校ラグビーフットボール大会

桐蔭学園が全国高校ラグビー大会でしか着用しない、公式戦用のジャージーがある。

紺を基調としたファーストジャージーがカラークラッシュした際に身につける、セカンドジャージーだ。

ヘッドキャップからソックスまで、全身が真っ白。ひと目でそれと分かる、特徴的な一着である。

そしてその真っ白なセカンドジャージーには、一か所だけ、黒い印がある。

左袖につけられた星。黒い、一つの星が輝いている。

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この白ジャージーが製作されたのは、今からおよそ30年前のこと。

それまでの桐蔭学園のセカンドジャージーは、赤地。

力をつけ、神奈川県大会の決勝へ進む機会も増えてきてはいたが、そこには「とにかく大きな壁」が立ちはだかっていた。

神奈川県立相模台工業高等学校。

「相模台工業さんは、どんどん全国大会の上位に進んで、花園でも2連覇されました」

相模台工業は1993年度(第73回大会)に全国高校ラグビー大会で初優勝。翌94年度(第74回大会)で連覇を達成している。

まさに時代を象徴する存在だった。

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「当時、相模台工業は、花園に出るまでファーストジャージーを着なかったんです」

そう振り返るは、金子俊哉コーチ。

「相模台工業のファーストジャージーは黒でした。その黒をまとっている相模台工業に、どうしても勝ちたかった」

「黒い相模台工業に勝つ。そのために、あえてこちらが新しいジャージーを作りました」

覚悟を込め、制作した白のセカンドジャージーだった。

だが、現実は甘くはない。敗戦を重ね、そのたびに越えられない壁の高さを思い知らされた。

それでも挑み続け、ようやく相模台工業を破ったのが、第76回大会への道を切り開いた一戦。

「31期のとき(1996年度)に初めて全国高校ラグビー大会予選で相模台工業に勝って、花園に出ることができました」

「その時に、記念として、左袖に黒い星をつけたんです」

現在、白ジャージーの左袖に輝く一つの星。

桐蔭学園のチームカラーである紺色ではない。

黒。

それは、相模台工業を倒したい。そう願い、努力を重ねてきた先人たちが、初めてその壁を越えた証。

そして、強大なライバルへの敬意を込めて刻まれた、たった一つの黒い星。

「相模台工業をリスペクトし、勝った証」として、花園でしか着用しない白いセカンドジャージーに、その星は残された。

「だからこの星が増えることは、絶対にありません」

そう、金子コーチは断言した。

それから30年近くが経った今も、試合前には必ず、白ジャージー誕生の経緯が選手たちに伝えられる。

「白ジャージーを着るかどうかは対戦校によって変わるので、必ず着るわけではありません。でも、着ることになった時は、前日のジャージー授与式で必ず話します」

「このジャージーは、先輩たちがこういう想いで、当時とても強かったチームに勝った証なんだ、と。この星にも、ちゃんと理由があるんだよって」

「忘れている選手もいるかもしれませんが(笑)。僕と藤原先生(藤原秀之監督)で、30年前に作ったジャージーだからね、と伝えています」

神奈川県内や、全国高校ラグビー大会以外の全国大会で着用するセカンドジャージーは、OB会が寄贈してくれた水色地に紺のストライプ。それもまた、大切に受け継がれている。

「ただ、花園だけは特別」と、白地に黒い星が一つだけ添えられたジャージーは、花園の舞台でのみ輝いている。

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熱戦のうちに幕を閉じた、第105回全国高等学校ラグビーフットボール大会。

桐蔭学園は初戦・常翔学園戦、そして準々決勝・東海大大阪仰星戦で、この白ジャージーを着用した。

そして、京都成章との決勝戦では36-15で勝利し、3大会連続6回目の優勝を果たす。

史上6校目となる3連覇達成。

かつて、越えるべき壁だった相模台工業の「2連覇」という偉大な記録を、今年、上回った。

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