第105回全国高等学校ラグビーフットボール大会で、2度目となる決勝進出を果たした京都成章高等学校。
だが、道中は波乱に満ちた。キャプテンを襲った大きな怪我に、自分たちの原点を見つめ直す時間。
そして苦難を乗り越えるための、互いを想い合う強い絆があった。
彼らが歩んだ、軌跡とは。

憧れの「ピラニアタックル」を取り戻せ
現在の3年生たちが京都成章の門を叩いた最大の理由。それは、かつて先輩たちが花園で体現した「ピラニアタックル」への強い憧れだった。
前に出て、相手に噛みつくように仕留める激しいディフェンス。
「自分たちも、あんなラグビーがしたい」
そんな想いを胸に抱き、彼らは入部した。

だが2年時、チームは新たな守備スタイルに挑む。
例えるなら、網を張り巡らせて獲物を追い込むような戦い方。原点であるピラニアタックルから、あえて距離を置く期間があった。
しかしその新スタイルで臨んだ昨季。京都府大会決勝で京都工学院に敗れ、花園出場を逃す。胸に残ったのは、拭いきれない悔しさだった。
だからこそ、自分たちの代になった時、改めて問い直した。そもそも、何のために京都成章へ来たのか。
「もう一度、前に出て相手に噛みつくディフェンスをしよう」
そう決意した彼らは、原点回帰へと舵を切る。
反則を犯さない規律を守りながら、前に出続けること。タックルの角度や姿勢といった細部にまでこだわり抜いた一年間の積み重ねが、再びチームの核となっていった。

「俺らが日本一を取るから」キャプテンを襲った悲劇と絆
そんな彼らに、さらなる試練が訪れる。
チームの柱である笹岡空翔キャプテンが、半月板断裂という大怪我を負ったのだ。11月のことだった。
無理をすれば花園出場の可能性も残されていたが、それでも彼は将来を見据え、手術という決断を下す。
絶望の淵に立たされた心を救ったのは、仲間の言葉だった。
「俺らが日本一を取るから、自分の人生をしっかり考えて」
その一言に背中を押され、笹岡キャプテンは前を向いた。
関崎大輔監督も、負傷翌日に食事をともにした際の様子を振り返り、「その時にはもう切り替えていましたね」と主将の精神的な強さを語る。

泥臭く前へ。バイスキャプテン・土肥の牽引
主将不在の中、チームを力強く支えたのが、副将のロック・土肥祐斗選手だった。
「自分がどう活躍するか」という個の視点から、AチームからDチームまで全員に目を配る存在へ。苦しそうな仲間に声をかけ、背中を押す。リーダーとしての責任を、行動で示し続けた一年だった。
決して大柄ではない体格ながら、低く鋭いタックルやこぼれ球への執念深い反応など、“泥臭さ”を体現するプレーも徹底した。
その姿はチームを鼓舞し続け、外から見守る笹岡キャプテンも「さすがだなと思った」と厚い信頼を寄せた。

夢の舞台、そして未来へ続くバトン
迎えた決勝戦。相手は絶対王者・桐蔭学園。
京都成章は60分間、自分たちのラグビーを貫いた。前半を同点で折り返し、最後まで真っ向からぶつかった。
だが、試合中の修正力に先手を取る判断、キックチャージなど「目に見えにくい細部のスキルと気づき」の積み重ねで、わずかに上回られたと関崎監督は語る。
「僕自身、初めての決勝という緊張が、選手に伝わってしまったかもしれない」と唇を噛んだ。

試合後。笹岡キャプテンの目には、仲間への感謝の涙が浮かんだ。
「怪我でほとんど不在だった1年でした。それでも残されたメンバー1人ひとりがリーダーとなって、チームを引っ張ってくれた。本当に感謝しかありません」
メンバー外となってからも、荷物整理や外からの助言など、裏方としてチームを支え続けた主将。笑顔と涙が混同した。

日本一にはあと一つ、届かなかった。
それでも数多の苦難を越え、泥臭く前へ出続けた京都成章の姿に、その道を目指したくなったジュニア世代も多いことだろう。
取り戻した「ピラニアタックル」の誇り。仲間を想う温かな絆。
3年生たちが遺したレガシーは、次世代へと受け継がれていく。

攻撃を司ったSO岡元聡志選手。見る者を魅了するアタックを作り上げた。試合後には長くグラウンドに向かってお辞儀をし、涙で去った
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