春、夏、秋、冬。
4つの季節でめぐる1年のうち、ラグビーシーズンといえばやはり、冬だろう。
だが高等学校教育における部活動に、シーズンはない。
今日も明日も、300日後も高校ラグビーシーズン。だから、学校の先生方には頭が上がらない。

2025年度も、たくさんの高校ラグビーを見た。
たくさんの汗と、涙と、愛があった。
すべてのラグビープレイヤーと、選手たちを支えるすべての方々に感謝の気持ちをこめて。
寒い季節に出会った、心に残るシーンを紹介したい。
(りーこ/原田友莉子)

丁寧なグラウンディング ~東海大大阪仰星
東海大大阪仰星高校。
彼らの妥協なき姿勢が端的に表れるプレーがある。
たとえどれだけ点差が開いていたとしても、たとえどれだけの独走トライだったとしても。トライの瞬間には丁寧にお腹をつけて、そして必ず両手で、丁寧にグラウンディングすることだ。
なぜ、そこまでこだわるのかと聞けば「ラグビーはすべての局面が繋がっている」と東佑太キャプテンは答えた。
一つのプレーをおろそかにすれば、最終的な結果に必ず影響する。ベスト8以上が22度、うち優勝6度と頂点に立つ厳しさを知っているラグビークラブだからこそ、基本と細部を丁寧に。この姿勢こそが、ラグビーへの礼儀のようにも映る。

高校3年間を通じて、東海大大阪仰星の選手たちに刻み込まれる教えがある。
「日常はグラウンドの続き」という信念だ。
湯浅大智監督はラグビーの技術指導にとどまらず、「社会に出たとき、どんな人間になるのか」「どんな人間としてラグビーをするのか」という根本に向き合い続ける。
グラウンドでの細部へのこだわりは、日常生活における誠実さと同じ根から生まれる。
だからこそ、一見当たり前のように行うあの「丁寧なトライ」には、人生そのものを丁寧に生きようとする彼らの人間性が凝縮されているのだ。


同部では公式戦用のヘッドキャップは個人所有ではなく、部管理。一つだけ際立って色褪せた生地のものがあるが、今季そのヘッドキャップを受け継いだのはチームリーダーの東佑太選手。1代上の先輩、吉田琉生選手(現・帝京大学1年)から「これはお前が被れ」と託された。何代にもわたる激しいタックルに、先輩たちの汗や泥、そして勝利への執念を吸い込み続けてきた証でもある
家族のようなチーム ~筑紫
花園は、勝者と敗者をはっきりと分ける。
筑紫高校の主将・草場壮史選手は東海大相模に17-33で敗れた後、「悔しい気持ちでいっぱいです」と素直な感情を口にした。
目標に掲げていたのは、ただ一つ。「勝ち切ること」。その一点に、全てを懸けてきたからだ。

前半、筑紫は2トライを先行。一時は12点のリードを奪った。
モールで得点を狙いにいく場面。体を寄せ合いながら、前へ、前へと進んだ時間。
全国の舞台でも、自分たちらしいラグビーを出せたという実感があったからこそ、草場キャプテンはこう言い切る。
「自分たちがやってきたラグビーのスタイルについては、負けたつもりはない」
強がりではなく、積み上げてきた日々への、揺るぎない自負だったように聞こえた。

長木裕監督も、同様に手応えを口にする。
「前半は互角に戦えていた部分も多かったと思います」
強フィジカルを有する相手に対し、筑紫は真正面からぶつかった。タックルで下がらず、接点で粘り、簡単には崩れない。互角に渡り合う時間帯も多くあった。
だが、勝負は60分間。
後半7分までは17-7とリードを保っていたものの、次第にわずかな当たり負けが生まれ、そのズレがペナルティへと繋がっていった。
長木監督は「最後に出たのは、実力の差だったと思います」と紡ぐ。後半の反則数は7を数えた。

言い訳はしない。それは、積み重ねてきた日々を否定しないためでもあり、次に進むための覚悟でもある。
差があったことを認めるからこそ、埋めるべき距離ははっきりと見えてくる。
長木監督は「多くの方々に支えられて、最後は非常に良いチームになったと感じています。365日の積み重ねの答えとして『勝利』という結果は得られませんでしたが、今後の可能性が見えた試合でした」と言った。

花園は、勝者と敗者をはっきりと分ける。
だが、すべてを奪い去るわけではない。
最後に、草場キャプテンは筑紫で過ごした3年間を振り返り、愛おしそうに言った。
「地元のヤツらが集まった、家族のようなチーム」だと。
だから、後輩たちに願うはただ一つ。
「後悔が残らないよう取り組んでほしいです。今年見せたような全国を見据えるマインドや気持ちを切らさずに、必ず自分たちを超えていってほしいと願っています」
同校史上初の花園年越しを叶えた歴史を、いつか後輩たちには塗り替えてほしい。そんな祈りを込めた。

魂を込めたタックル ~尾道
全国王者となった桐蔭学園のとある選手が、今花園での5試合をとおして「最もフィジカルが厳しかったチーム」に名を挙げたのが、尾道高校だった。

桐蔭学園との3回戦。
最終スコアは0-44と差が開いたが、尾道の戦いは勇敢だった。
ファーストスクラムで押し込み、観客席をどよめきに包む。
試合終盤には自陣深くで守り続ける時間帯を迎えたが、倒されては立ち上がり、もう一度前へ。その足に、迷いはなかった。
「準備してきたことは、すべて出し切れました」
そう振り返るのは、13番・佐藤麗斗キャプテン。とりわけ印象に残るのは、試合のラストシーンだという。
「一人ひとりが、一回一回のタックルに魂を込めてプレーできました」
言葉通り、尾道は60分間を“気持ち”でつないだ。

ゲームをコントロールするスクラムハーフの赤迫周琉選手が、2回戦で負傷。3回戦を欠場することになった。
高校日本代表候補でもあり、チームにとって欠かせぬ存在。その不在は、本来なら流れを大きく左右してもおかしくない出来事だった。
9番を託されたのは、吉川周汰選手。こちらも3年生。冷静に、そして力強く、試合を前へと進めた。テンポが速く、コミュニケーション量の多い赤迫選手に対し、吉川選手も同等の精度とテンポでボールを供給し続ける。日々の練習で積み重ねてきた信頼関係を軸に「大きな問題なくプレーできた」と佐藤キャプテンは語った。
誰かが欠けても、別の誰かがその役割を果たす。チームとしての厚みが、ピッチに表れた。
「自分たちが届かなかった『ベスト8』を、後輩たちには必ず超えてほしい」
目指し、そして届かなかった場所。その悔しさを、佐藤キャプテンは次の世代へと託した。

相応しい人間 ~慶應志木
創部68年。初めてたどり着いた全国高校ラグビー大会で快進撃をみせた、埼玉県第2代表の慶應志木。
青森山田、鹿児島実業から2勝を挙げれば、花園で年を越した。
そして元日に対峙したのは、シード校・東福岡。敗れはした。それでも彼らは、胸を張ってピッチを去った。なぜなら、最後まで「慶應志木」を貫いたからだ。

埼玉県下屈指の進学校、慶應志木。受験を経て入学する生徒たちの中から、ラグビーを選んでくれる者を歓迎する、という環境だ。
だからこそ、竹井章監督はこう語る。
「我々は偶然性を狙うしかないんです。パッとハマる選手が来た時のために、ずっとブレない土台を作って待っていました」
長年続けてきた“土台作り”。それが今大会で旋風を巻き起こした、モールという宝刀につながっていく。

このチームには高校からラグビーを始めた選手が多い。多い、どころではない。未経験者ばかりのチームだ。
チーム内でのラグビー経験者は、1年生が17人中6人。2年生は13人中1人のみで、3年生は14人中5人。チームの4分の3は、慶應志木で初めて楕円球を握った。
対する東福岡は、全国からトッププレイヤーが集う集団。ラグビー歴を重ね合わせれば、慶應志木の何十倍にもなるだろう。そんな巨壁に立ち向かったこの日、後半9分までに10トライを決められ、最大69点差をつけられる。それでも黒黄軍団は、顔を上げ続けた。

竹井監督が繰り返し選手たちに伝えてきた言葉がある。
「プレイヤーとしてよりも、1人の人間として『花園に出るに相応しい人間』でなければ、花園には立てない」
入学直後から試合に出場してきた浅野優心キャプテンであっても、まず問われたのは人間性だった。
特別なルールはない。ただ、日々の生活の中で「どうあるべきか」を問い続ける。それを1人ではなく、全員で共有する。
「ラグビー経験の有無や学年に関係なく、全員が同じ目標を見て、同じマインドを持つこと。それを僕たちは一番大事にしてきました」(浅野主将)
“人として”の土台が、ピッチ上の一貫性を生んだ。

慶應志木のプレーは、ぶれなかった。当たって、モールを作って、前進する。それを、ひたすらに繰り返した。 実ったのは後半17分。5番・橋本瑛太選手が力強く押し込み、ついにトライラインを割った。
そこから会場の空気が変わった。最後の20分間、東福岡を無得点に抑える。終盤には敵陣で時間を使い、ロスタイムには再び塊となって前進した。トライに結びついたのは、なんと後半35分。モール最後尾でボールを抱えていた浅野主将がトライラインを割れば、大歓声が花園に響き渡った。
「自陣からボールを運んで取ったトライ。このチームの形を見せられたと思います」と喜びを口にした浅野主将。トライの瞬間には、黒黄の小旗もスタンドで大きく波打った。大差をつけられても、途切れなかった応援。スタンドの想いごと押し込んだようなモールに「一つひとつの声が本当に力になりました」と感謝した。


恐れずに強豪へと立ち向かった2トライに、慶應志木のカルチャーは宿った。そして見る者の心を打った。
中でも奮闘したのは、11番・川田真広選手。身長163cm、体重78kgと一際小柄なウインガーが、何度もボールを持って痛い役を買って出た。リモールを作るために必要なブレイクダウン。そのブレイクダウンの起点となるため、自身より20㎝も20kgも大きなフィジカル猛者たちに向かい、何度も体を当てた。
いや「突っ込んでいった」という表現が正確かもしれない。何度も、何度も立ち向かった。その姿は、見る者の涙腺を大きく刺激した。
ラグビーとはフィジカルスポーツ。いや、勇敢なスポーツなのだと言わんばかりの心の強さを体現した。

竹井監督は、問いかける。
「能力の高い選手が集まるのではなく、未完成なチームを鍛え上げて強くしていく。それが本来の高校スポーツだと思っています」
春の段階で勢力図が決まってしまう現状に、寂しさも感じるという。
だが慶應志木は示した。人工芝の整った環境でなくてもいい。土埃が舞うグラウンドで流す汗を積み重ねれば、高校からラグビーを始める者が大半だとしても花園に届くのだ、と。

「今回築いた財産は、次の世代に残したい」と竹井監督が言えば、浅野主将も「やり方次第で、全国の舞台までチームを引き上げられる。この経験を“志木高の文化”として後輩には引き継いでほしい」と未来を想った。
例年、11月にシーズンエンドを迎えていた慶應志木。 だが今年は違った。大阪で年を越し、仲間と迎えた新年。
「花園に立つ責任がある、という緊張感がずっとチームを引き締めてくれていました」と浅野主将は振り返った。
長く続いた冬。それは、彼らの心を一つに束ねた。
68年目にたどり着いた花園。花園は決して強い者だけが立つ場所ではない。信じ、勇敢であった者が立つ場所なのだ、とそのプレーで示した。
