60分の物語
試合後真っ先に涙を流したのは、昌平高校のラグビーが誰よりも大好きなキャプテンとバイスキャプテンの2人だった。
バイスキャプテンの西川昂辰(にしかわ こうた)選手は、埼玉県予選の決勝が自身の誕生日。
試合当日の朝、母から届いたラインには、昌平高校でラグビーを始めた小学6年生からの出来事が一つずつ綴られていた。
そして花園での桐蔭戦前日。再び母から送られたラインには
「昂辰、ラグビーを頑張ってくれてありがとう」
「ありがとう。明日絶対勝ってきます」
練習生として、高校生に混ざって昌平高校でラグビーを始めたのは小学6年生の時。
大好きな昌平高校のジャージを着て、花園ラグビー場の舞台に立つことが目標だった。
体も小さかった西川選手が、昨年はウイングとして、今年はNo.8として、花園の土を踏むことが出来た。
それもこれも「6年間努力した自分の頑張り」と「両親や一生懸命教えてくれた先生方のお陰」と真っすぐ前を見据えて話す。
試合後、一番に述べたのは感謝の気持ち。
「先生方、6年間ありがとうございました。」
昌平高校・北川拓来(きたがわ たくる)キャプテンの花園のテーマは、恩返し。
夢だった、家族を花園に連れてくることが出来た桐蔭学園戦前。母から一通のラインが届く。
「努力して結果が出ると 自信になる
努力せず結果が出ると 驕りになる
努力せず結果も出ないと後悔が残る
努力して結果が出ないとしても 経験が残る
努力をしてその日を迎えたんだったら 何も残らないことはないから行っといで」
花園ラグビー場に向かう電車の中でその言葉を目にした北川キャプテンの目からは、涙が溢れ出た。
敵陣22mでマイボールスクラムを獲得すると、出したサインプレーはFBの北川キャプテンがスクラムハーフの位置に入る『リーチ』。
日本代表の元キャプテン、リーチ マイケル選手が指導に来てくれた4年前、伝授してくれたものだった。
「スクラムハーフが強く速くないと出来ないサイン。僕がスクラムハーフ出身ということで、県予選の決勝2週間前ぐらい前に監督が『こんなサインあるよ』と昔使っていたサインを教えてくれました。」
県大会決勝では、その『リーチ』から北川キャプテンがトライ。
しかしこの日は、桐蔭学園に止められてしまう。
「研究されていたのもあるだろうし、何より相手のハーフのフィジカルが強かった。」
中学時代、北川キャプテンはオール東京のBチームでキャプテンを務めていた。
Aチームのキャプテンは、桐蔭学園の中島潤一郎キャプテン。当時スクラムハーフだった北川選手のライバルは、同じく現桐蔭学園のスクラムハーフ・小山田裕悟選手だった。
全く別の練習メニューだったため、Aチームとは紅白戦で当たるぐらい。だからこそ「こいつだけは絶対に抜かしたい」と思ってやってきた対面が、向かいに並んだ。
久しぶりの対戦も「相手の方が上だった」と苦笑い。改めて戦って「やっぱりすごいな、って思いました」と素直に笑う。
それでも、やはり今年の昌平はキャプテン・北川拓来のチームだった。
今年はなるべく使わないようにしていた、力強いボールキャリーの封印を解くと、タックラーを跳ね返しながら前進する。
攻撃をしても陣地を広げられないとみるや、ラックからボックスキックを蹴り上げた。
困った時に、プレーで引っ張るキャプテン。
だからダイレクトタッチが2度続いても、御代田監督から届いた言葉は「オッケーオッケー!たくる、良いよ!」
14番・平塚和選手も、北川キャプテンのもとに駆け寄り、胸をひとつ叩く。
試合後、御代田監督は自信を持って話す。「北川が昌平に来てくれなかったら、こんなラグビー出来なかった。」
隣で聞いていた北川キャプテンは、とめどなく涙を流した。
試合終了15分前。
52点目を決められたインゴールでの円陣で、北川キャプテンは仲間に笑顔で声を掛けた。
「あと15分。これから昌平に入ってくる、未来の昌平生のために昌平のラグビーをやり切ろう。」
珍しく試合中に肩を組み合い、想いを伝えた。
だが、遠かった1トライ。
「初めての感覚でした。レベルが違ったのは間違いない。」
ディフェンディングチャンピオンの壁は、分厚かった。
監督が選ぶ大会MVPはSH鈴木悠真選手。「読谷戦最後のPGが決まっていなければ、ここに立っていなかったかもしれない」
試合後、FWリーダーの小園流星選手は涙ながらに後輩に語り掛ける。
「辞めたくなる瞬間はいっぱいある。でも、自分だけの体じゃない。応援してくれる人たちのために、ラグビー続けろ。」
想いは、しかと後輩たちに受け継がれた。
御代田誠監督が昌平高校ラグビー部の監督に就任したのは、2008年。
埼玉県チャンピオンだった深谷高校と戦った時には、100点ゲームで敗れた。
あれから10年。
日本一のチームと戦い、64点差。
立派に成長しました、と涙を堪えながら話す。
「特にキャプテンの北川は満身創痍でしたが、本当に頑張ってくれた。良いキャプテンでしたし、良いチームでした。」
真の埼玉県の頂に立った今、今大会をもって監督の座を後進に譲ることにした。
「花園は選手の頃からの夢でした。日本一のチームを相手に本当に立派に戦ってくれた。胸を張って埼玉に帰ります。」
花園でのシード獲得を目指す昌平ラグビー第2章が、これから始まる。
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