60分の物語
「今日の試合、なかなか狂ってたでしょう?」
試合後、石見智翠館・安藤哲治監督は言った。
大沢櫂キャプテンも続ける。
「僕らが3年間積み上げてきたものが全て出た、最高のゲームでした。」
新チームになって初めての全国大会、全国高等学校選抜ラグビーフットボール大会の1回戦で対戦した天理高校と石見智翠館高校。
10-10の同点で試合を終え、抽選の結果2回戦には天理が進んだ。
運命のいたずらか、1年の最後にもまた、対戦カードは巡ってくる。
なんと担当レフリーも、春と同じく米倉氏。
試合前のブリーフィングでは「10-10から始めましょうか。」そんな言葉も交わされたという。
先制トライは石見智翠館。
前半14分、敵陣5mでのラインアウトからモールを形成。最後は5番・ホルス陸人選手が抜け出し、3人のディフェンスをなぎ倒しながら押し込んだ。
「僕が取るしかないと思った。」
兵庫県出身のホルス選手。島根県にある石見智翠館高校では、仲間とともに寮生活を送ってきた。
日常生活から仲間と繋がり、どんなに苦しいことがあっても全員で乗り越えてきた毎日が、大好きだった。
そんな繋がり続けた仲間とラグビーを続けるため。エースとして、僕が取るしかないという思いで右手を伸ばした。
しかしその後天理に1トライ1PGを許し、3点のビハインドになると後半17分、ゴール前のペナルティで石見智翠館はPGを選択。
12番・檜和田祐人選手がしっかりと沈め、8-8の同点に戻す。
だが僅か6分後、天理8番・太安善明キャプテンの力強いボールキャリーでゴール前まで迫ると、12番・土谷侑大選手のキックパスに反応した15番・前田晃明選手がトライ。
再び、天理がポイントリーダーとなった。
再逆転のトライを決められると、石見智翠館の面々は一瞬、座り込む姿を見せた。それでもすぐに振りきって、とびきりの笑顔で笑い合いながら、肩を寄せ合う。
「エリアでの戦術、『狂』。全てにおいて、次を考えました。(大沢キャプテン)」
全員で次を見据えた。
今季のテーマに『狂』を掲げた石見智翠館。
「狂っている時が一番、俺ららしいラグビーができる。」
だから、狂おう。
『狂』を何よりも体現した、タックルの数々。いくつのドミネートタックルがあったか数えきれないほど、胸を打つ接点がグラウンド上には溢れ続けた。
しかし、届かなかった7点。
ノーサイドの笛が鳴ると、石見智翠館の選手たちは崩れ落ちた。
「全てはあの(選抜大会での)一戦から始まった、めぐり合わせだったように思います。僕たちができることは全てやった。ただ、天理さんの方が運も含めて一枚上手でした。」
敗因を問われたが、大沢キャプテンは珍しく「ちょっと分からないです。すいません」と答えた。
それだけ、出し切った60分間だった。
天理の選手たち、そしてレフリーとの挨拶を終えベンチ前に戻ると、いつも通りグラウンドに向かって整列し、一列に並んで深くお辞儀をした。
大沢キャプテンが頭をあげると、真っ先に歩み寄ってきたのは安藤監督。数秒程、肩を抱き合った。
「先生が『ありがとう』と言ってくれた。安藤先生には、中学2年生の時から『智翠館に来てくれ』と誘い続けてもらって。僕はその恩返しとして、石見智翠館の歴史を変えたかった。だけど変えきれず、3年間だけじゃなくて5年間お世話になった想い出が、鮮明に思い起こされました。」
零れ落ちる涙。止めることは、できなかった。
「僕たちは最高のプレーを見せ続けられた。最高に楽しい時間だったし、最後まで全員が笑顔でした。」
石見智翠館の歴史を繋ぐ、記憶に残る一戦を主将として誇り高く振り返った。
だからこそ、来年以降は歴史を変えるために。3年生たちは、後輩へ想いを託す。
「キツいこともあると思う。でも、僕ら以上に狂って、前に進んでいって欲しい。(ホルス選手)」
「正直僕たちの学年だけでは、ここまで来ることは出来なかったと思う。こんなか弱い3年生を立ててくれて、尊敬するという気持ちを置いてくれて、僕たちに自信をつけさせてくれて。感謝しかないです。(大沢キャプテン)」
今年のルーキーズカップで好成績を収めた1年生45人を含む後輩たち76名へ、願いを託した。
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