試合を終え、観客席へ挨拶に向かうと、ようやく表情を緩めた。
20歳と1ヵ月、11日目。
早稲田大学2年・矢崎由高選手は、2024年6月22日、リポビタンDチャレンジカップ2024 イングランド代表戦で背番号15を身に着け、日本代表初キャップを獲得した。
ファーストプレーは、3分40秒。
味方が裏へ蹴り込んだキックに走り込み、追いつかないとみるや相手がボールを掴んだ所でタックルに入った。
セカンドプレー、サードプレーはラックへのオーバーに。
4つ目のプレーでようやく、ボールに触った。
前半も8分を過ぎた頃のことだった。
「笛が鳴ったら、過度な緊張はありませんでした。いつもどおりに試合ができたかな、と思います」
雰囲気に飲み込まれることなく、桜のマークを胸にした。
緊張のピークは、昨日夕方のことだった。
ジャージープレゼンテーションを終えたタイミングで、急に我へと返る。
「ホームで、イングランドを相手に先発の15番で出させて頂く、という実感がどんどん沸いてきて」
国立競技場でのプレーは、昨季の早慶戦・早明戦に続き、早くもこれが3度目。
ゆえに「(国立競技場という)場、というよりも相手と自分の状況とを考えて、現実味を帯びてきた時にプレッシャーを感じたのかな」と振り返った。
横一列に整列し、14番・ジョネ・ナイカブラ選手、19番・サウマキアマナキと肩を組んだ国歌斉唱。
君が代が流れている間ずっと、顔を下に向けた。
「やっと、って言ってもまだ20歳ですけど。代表ジャージーを着て、ちゃんとしたA(フル代表)のジャージーを着て国歌を歌えることは有難いな、と。しかもホームでたくさんのお客さんの前でデビューできた。早く言えば、噛み締めていました」
国家「君が代」を噛み締め、聞いた。
演奏が終わると、肩をポンと一つ叩いてくれたのは、19番・サウマキ選手。
キックオフ直前、ボールを持つ10番・李承信選手の左隣に立つと、空を見て、手を合わせ、それから下を向いて大きく息を吐き、走り出した。
前倒しで訪れていた緊張。
だから試合には、程よい緊張感のもと、良いマインドをもって挑むことができたという。
5つ目のプレーは、ボールを受け取ってすぐさま順目にパス。
6つ目に、良い切り込みを見せボールをもらったと思ったら、相手のタックルを受けノックオン。
悔しそうに地面を叩いた。
その走力を活かした『おとり』プレーも、この日は多く用意されていた。
マイボールスクラムではFW8人の真後ろに立ち、矢崎選手が走り出した方向とは逆にボールが供給される。
マイボールキックオフ時には最前列に並ぶと、昨季自身が早稲田大学生として国立競技場でプレーした時のように、ボール獲得に向け全力疾走するのではないか、ということも予感させた。
そして訪れた最大のチャンスは、後半15分。
イングランドの連続ペナルティから敵陣に入り、14番・ナイカブラ選手がゴール前に抜けると、サポートに走り込んでボールを引き継いだ。
トライラインまでわずか数m。
このまま抜けるか、と思われたが不運にも受けたアーリータックル。
タックルを見舞ったイングランド10番マーカス・スミス選手にイエローカードが提示されると、その直後、自身もグラウンドから退いた。
残りの25分は、ベンチから戦況を見つめた。9番・齋藤直人選手、10番・李選手と3人で、長いこと言葉を交わす
55分間のプレータイムを振り返れば、収穫も課題も多い。
良い形でボールをもらえれば、裏に抜けられるチャンスはあった。
「もう少し良い形でもらえた所もあったと思う。そういう所ができたら(世界でも)通用する」と感じている。
課題は、最後の精度。
「ノックオンした所に、コミュニケーション。まだまだ成長していかないと」
長い滞空時間でハイパントキャッチに飛んだものの、ノックオンに終わってしまったプレーもあった。
「判断、予測が大切。経験値を重ねていきたい」と前を向く。
総じて「もっとボールに絡んだプレーを多くするべきでした」と締め括った。
今日のファーストキャップは「エディーさん(・ジョーンズHC)が期待を込めて選んでくださった結果」だと認識する
矢崎選手は言った。
「世界ランク5位のチームと戦えたことが光栄。自分が初キャップを取れたことも、とても嬉しい。やっとスタートラインに立てたと思うので。ここから、さらに良い選手になれるように一歩ずつ進んでいきたいと思います」
そう、旅路は始まったばかり。
まだ、まだまだ見なければいけない景色はたくさんある。
「(今日の初キャップは)大きな財産になります。この経験を積み重ねて、2027年のラグビーワールドカップで日本がトップ4に入る時、今よりもっとチームやファンから信頼される存在になりたい」と誓った。
大切な、1キャップ目。
これから長く、力強く切り拓いていく道の、最初の一歩。
右腕に『JAPAN v ENGLAND 22nd JUNE, 2024 TOKYO』と記されたジャージーは、実家と寮に飾る予定だ。
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早稲田大学ラグビー蹴球部の学生スタッフたちも「世界最速」「遂にエディに見つかった」と書かれた手作りの応援ボードを用意し、応援に駆け付けた。
試合前日にチーム公式SNSに投稿した、矢崎選手のイングランド戦メンバー入りを告げる画像には、多くの『いいね』が寄せられたという。
その数、たった一晩にも関わらず、固定表示している今季のチームスローガン投稿への『いいね』数を上回るほどだった。
ふだんの矢崎選手は「かわいい」「弟みたい」と愛嬌ある素顔を語る。だが「一度グラウンドに出たら目つきが変わる」のだとか
分析スタッフ曰く「一度減速した後にトップスピードにたどりつく、緩急のスピードが随一」だという矢崎選手。
「日本の希望を背負って、世界を駆け回ってほしい」と、残りのテストマッチシリーズに向けエールを送った。
ウォーミングアップ後、ロッカーバック時の1枚。右手を乗せたのは、同い年のPR森山飛翔選手(帝京大学2年)の左肩。自身の左肩には、FB山沢拓也選手が手を置いた