東福岡
17-17で迎えた、後半ロスタイム。
同点ではあるものの、トライ数差で負けていた東福岡。
だから、得点を取るしか勝利への道はなかった。
ランニングタイムでの、後半33分30秒。
大阪桐蔭が残り30秒を使い切ろうと、FW戦を仕掛けてきたあとの2フェーズ目でのこと。
手を伸ばしたのは、7番・古澤将太選手。
絶体絶命の場面で、ジャッカルを成功させる。1年時から花園の芝を踏んできた古澤選手が、チームを救った。
これが本当のラストワンプレー。
ペナルティを獲得した位置は、ハーフウェーライン上。
「(PGを)狙えるなら狙おう」という声がベンチからはあったが、50mの距離。
高精度を誇るプレイスキッカー・橋場璃音選手はいるが、その距離に不安があった。
ゆえに、ペナルティゴールを狙う選択肢はなくなる。
ラインアウトから、トライを狙った。
敵陣22mから投げ入れたボールは、しかしオーバーボールになった。
グラウンドを転がる楕円球。
真っ先に飛び込んだのは、グリーンの8番、須藤蔣一キャプテンだった。
「自分のミスが続き、責任を感じていました。当たり前にできることをしっかりやろう、と自分の中で決めていました」
フィフティー・フィフティーのボールを取ることは、当たり前のこと。
シーズンスタート時に定められた『フェニックス・ベーシックマニュアル』に、忠実に従った。
そこからつながった、最後の45秒。
須藤キャプテン、古澤選手とボールを持ち込み、起点をつくる。
逆サイドに振り切ったら、戻した所で3番・武田粋幸バイスキャプテン。そして再び、古澤選手が当たった。
大阪桐蔭の選手を密集に集めたところで、バックスへ。
短い間隔で『受け手候補』として隣に並んだのは、SO橋場璃音選手(22番)とCTB川添丈選手(10番)。
その外側に立っていた10番・川添選手の手に渡れば、パスを放ると見せかけ切り込む。
距離にして22m、ディフェンダー6人を振り切り、走り切った。
須藤キャプテンは言った。
「不思議なトライ。不思議な勝ち、でした」と。
川添選手のラストトライは、絶対に取れるトライではなかった。相手のミスも重なってトライまで結び付けられることができた、と振り返る。
「偶然だと自分たちは思っています。再現性のあるトライではない。偶然抜けたトライでした」
自分たちが思い描いていたトライでは決してない。
だが、あの場面で『思い描いていない』トライを取り切れることが、今年の東福岡の強さなのだ。
トライが決まると、ベンチにいる選手・スタッフはみな、抱き合い飛び上がった。
そして藤田雄一郎監督もまた、右手で大きなガッツポーズを作った。
「らしくないよね」と笑った藤田監督。
「99.9%は負けていた」という絶体絶命からの大逆転劇に、喜びを隠さなかった。
「外れてもいいから、PGを狙っても良かったと思います。でもラインアウトからトライを取りに行ったのは、選手たちの判断。僕は常に『現場の判断が正しい』と言っています。判断は現場に任せています」
そして、続けた。
「昨季、(前キャプテンの古田)学央たちが根を張ってくれたから。(昨年は結果的に)上には伸びなかったけど、根を張ってくれました。だから今年の結果が、昨年の通信簿です」
根を張った状態で受け継がれた、今年の東福岡。
幹で終わるか、枝で終わるか。はたまた、大輪の花を咲かせるか。
まずはここ全国選抜大会で、いくつ勝利を重ねられるか。
取り戻した10番
東福岡に入学し、1ヵ月も満たぬうちに身にまとったグリーンの10番。
あと一歩でチームを勝たせられないゲームが続くと、グラウンドに膝をつき、涙をこぼしていたのがスタンドオフの川添丈選手だった。
昨年のゴールデンウィークに行われた、サニックスワールドラグビーユース交流大会2024での一コマ
それから8カ月後の、第104回全国高校ラグビー大会。
初戦のみ10番で出場すると、3回戦と準々決勝はリザーブ登録。10番は、同級生の橋場璃音選手に譲った。
「悔しかったです」
正直に口にした川添選手。
途中出場するも「流れを変えることができなかった」ことにも悔しさを覚えた。
一方で「ゲームの運び方、エリアの取り方は(橋場)リオの方が上手い。リオをお手本にしています」とライバルを認める。
そして、自らのこともしっかりと認めた。
「自分の強みはディフェンス。そして体を当てること。そういう面ではしっかりと自信を持てています」
違いを認め、個性に自信を持ち、ライバルを尊敬すること。
一回り大きくなった川添選手は、ここ熊谷では初戦から10番を背負い続けている。
後半35分に決めたサヨナラ逆転トライは、自身のパスダミーから生み出したギャップに切り込んだ22mランだった。
高校生初となる全国大会でのトライが、値千金の逆転トライ。
「チームで練習していたトライの形ではありませんでした。でもこのレベルになると、練習どおりにいくことがあんまりないと思う。相手の隙を見て、トライを取り切ることが大切だと思いました」
東福岡に入学して、1年。
チームを勝たせられる10番になった。
もう1回、スクラム組もうぜ
後半12分。
ゴールラインドロップアウトから勢いをもって攻撃を続けていたのは、東福岡。
しかし須藤蒋一キャプテンがボールを手にしようとしたその時、楕円球はこぼれ落ちる。
ノックオン。
須藤キャプテンは、腰に手を置いた。
◆
すると、1人の選手が須藤キャプテンのもとに歩み寄った。
同い年の7番・古澤将太選手。
「大丈夫、大丈夫」と声を掛ければ、2人は笑った。
「もう1回、スクラム組もうぜ」
古澤選手は、笑顔で須藤キャプテンに伝えた。
その時のスコアは、12-10と2点のビハインド。
いわば、勢いを失いたくない場面でのミス。
それでも2人は、笑った。
「藤田先生が、オールブラックの話をしてくれたことがありました。ジョーディー・バレットがアルゼンチン戦でキックミスをした時に、FWが『もう1回スクラム組もうぜ』とポジティブなアクションでスクラムを組み、そしてそのスクラムでペナルティを取ったそうです。だから僕たちも『そういうFWを目指そう』と言われました。ミスをしても、笑って、もう1回スクラムを組もうと思いました」(古澤選手)
藤田監督は言う。
「今季、いくつかガイドラインを引きました。そのうちの一つが、お互いのミスを責めないこと。特にFWは、BKのミスを責めない。BKがミスをしたって、FWを楽にしてくれるのはBKなんです」
思い返せば、3シーズン前。東福岡が花園を制した時もそうだった。
「強い男は優しい」を何度も繰り返し言葉にしていた藤田監督。
互いにミスを許し、その分取り返すチームに。
それが、今年の東福岡だ。

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