50分の物語
試合前のアップを終えた報徳の選手たちに、コーチ陣は声を掛けた。
「大丈夫や。仲間を信じよう。画面の向こうに届けよう。」
兵庫県大会決勝で関西学院に敗れ、近畿ブロックのオータムチャレンジに回った報徳。そこで奈良の天理高校に15-7で勝利し、花園出場を決めた。
迎えた花園1回戦。どんな巡りあわせか、相手は奈良県代表の御所実業高校だ。
キックオフの瞬間から両者の想いがぶつかり合う。早いテンポで、ボールと人が動く。
互いに地方大会からギアを一段も二段も上げてきた。強いランナーに走り込まれてもジャッカル、いや相手を捲ってボールを奪い返しあう両者。全国大会用の仕上がりは、ともに長所をしっかりとグラウンドで表現した。
御所が敵陣20m中央からのペナルティゴールを決めた後からだったか。報徳ベンチから、コーチの声が響くようになった。
「報徳、ここ大事にね!楽しめ!」「報徳、ディフェンス楽しめあと2分!」
意識して「楽しめ」との言葉をコーチが使っているのか否か、と考えていると、ジャッカルを成功させた選手に「入ったー、サンキュー!」との声が掛けられた。
サンキュー。
たった5文字のその言葉が加わるだけで、選手たちのモチベーションはきっと大きく変わるはずだ。
ファーストスクラム、報徳は押し切ってペナルティを奪う。声を上げて喜んだ2番・松下海斗選手、この試合ジャッカルも決めた
ハーフタイムに入る直前、御所がラストワンプレーで攻め込むと、先ほどのコーチから「ノータイム!昨日の練習思い出して!」と声が掛かった。試合前日に、試合の状況を想定し練習する。いかに準備が大切か。
リザーブの選手が交代するときには「ワクワクして。楽しもう」と落ち着いた声で送り出す。緊張をワクワクに変えるお手伝いを、コーチが担う。
御所実最初と最後のトライは、3番・小林龍司選手
試合は、時間が深まるほど御所のエリアマネジメントが光る展開となった。
ペナルティをしてはいけないゾーンでは逆に相手のペナルティを誘う。チャンスエリアに入れば、テンポよく一瞬で取り切る。強さとは、こういうこと。そう思い知らされた。
ノーサイドの笛が吹かれる直前、3回戦を戦うとある学校の選手が、練習終わりにぼそっと呟いた。「やっぱり黒い壁か」
今大会注目選手の1人、御所10番・安田昂平選手。執拗なマークを受けながらも何度もラインブレイクする
勝負の50分が終わっても、コーチは声を掛け続けていた。「報徳立とう最後まで!よくやったよ!」
彼らの勇姿はきっと、いや絶対、画面の向こうにも届いたはずだ。
ランにキックに縦横無尽に活躍した報徳15番・植田和磨選手は、試合後グラウンドで膝をついた
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