「やばいな、と思った。」
準決勝を翌日に控えた1月4日の夜、東福岡・大川虎拓郎キャプテンはこれまでに感じたことのないプレッシャーを抱いていた。
試合前日のミーティングが終わった後、急に緊張し出したというのだ。
早めに布団に入ったものの、数時間眠りにつけず。朝、目が覚めたのも5時前だった。
昨年は感じなかった、緊張感。
これが高校最後の大会。そして、昨年ピッチに立ちながら敗れた準決勝という舞台。
1年間、1月5日をターゲットにしてきたからこそ、目に見えない重圧があった。
「去年のキャプテン、(八尋)祥吾さんの凄さが分かりました。」
今大会、出色の活躍を見せる西柊太郎選手も「準々決勝と準決勝では全然違った」と話す。
「朝ごはんもあまり喉を通らなかった。ベスト4の壁を無意識下で意識していたのか、いつもと違うプレッシャーを感じました。」
だから藤田雄一郎監督は、試合会場に移動する前の最終ミーティングで、選手たちにアツい言葉を掛けた。
作成したモチベーションビデオを流せば、選手たちの気持ちは固まる。
「負けるビジョンが見えなかった。」
FB石原幹士選手は、よどみなく言った。
藤田監督曰く「信頼関係で繋がっていると思っている。俺のことを一番理解してくれているのが(石原)幹士。報連相+提案のできる、本当にクレバーな選手」
花園ラグビー場第2グラウンドで行った、試合前のウォーミングアップ。大川キャプテンは、長いこと藤田監督と話をした。
「この1年間、支え手助けしてくださった方々が数多くいたこと。家族をはじめとする周りの方々、そして試合をした対戦相手やその場所をセッティングしてくださった方々。そういう多くの人たちのおかげで、このチームは成長し続けることができた。その感謝の気持ちを表すためにも、まずはベスト4を超えないといけない、と伝えられました。」
監督の言葉は、更なるスイッチを入れる。
迎えた運命のキックオフ。
『破』をスローガンに掲げた今年、ベスト4の壁を破るための60分間が始まった。
序盤はいささか硬さも見られたが、しかし徐々に流れを作る。
前半7分に決めた先制のトライ。
しかし、取った場所は1年前と同じようなグラウンドの端。
コンバージョンキックも決まらず「去年と同じような展開」だと大川キャプテンは感じた。
「次、2本取ったらギリギリセーフティだな、と思っていた」所、15分に15番・石原幹士バイスキャプテンが、19分にはNo.8藤井達哉バイスキャプテンが立て続けにトライを重ねた。
「実際に2本取れたんです。でもその後も、チームのみんなは『ここで緩みが出たらダメだ』と分かっていた。準決勝の怖さを、みんなが理解していました」と、大川キャプテンは話す。
13番・永井大成選手は、どれだけトライを取っても「ゼロゼロだと思え」と声を掛け続けたという。
「歴代の先輩方が1月5日の壁に敗れてきた以上、『僕たちが絶対にこの壁を打ち破る』という気持ちでグリーンを着ました。(藤井選手)」
だから、最終スコアには正直、キャプテン自身も驚く。
「ここまでやるんだな。」
これほどまでに点数が離れるとは思っていなかった。
「藤井達哉(8番)、舛尾緑(5番)、西柊太郎(12番)。すごかったですね」と仲間を讃えた。
昨年の準決勝では、ノーサイドの笛が鳴る前に涙を流していた西柊太郎選手。「今日の試合に勝つために、1年間頑張ってきた。努力が報われてとても嬉しい。」
試合終了の笛が鳴り、6年ぶりとなる決勝進出が決まった。
だが、誰も喜びを表す者はいない。
「先を見据えていたし、後半は全く良くなかった試合内容。前半が良かっただけに、後半あのような展開になってしまったことにみんな納得していませんでした。(大川キャプテン)」
意志の疎通が出来ていなかったことが気の緩みに繋がって、それが失点へと直結した後半。
「細かいことを完璧にすること。前日の睡眠、食事、休養をしっかりと完璧にするから、日本一になれる。(西選手)」
襷を締め直す一戦となった。
昨年の1月5日に先発を任されていた1人・舛尾緑選手には、準々決勝で戦った佐賀工業に従兄弟がいる。佐賀工業の分も、そして去年の先輩たちの分も勝ちたい一戦だった。「だけど試合直前は全て忘れて、目の前の試合に勝つことだけを考えていました。」