準決勝・佐賀工業戦が始まる直前。
キックオフを決めるコイントスが終わり、No.8高比良恭介キャプテンが円陣に戻ると、1番・沢田海盛選手は右手を高比良キャプテンの頭に伸ばした。
「恭介が泣いていました。恭介だけじゃなく、みんな泣いていた。(沢田選手)」
気持ちが高ぶり、また客席から届く応援に、東福岡の選手たちの胸は熱くなっていた。
でもまだ準決勝。「まだ早いぞ」と、そっと頭を撫でる。
「あの瞬間の感情を言葉にするのは難しいです。あの舞台に立った時に、自然と涙が溢れてきました。」
そう話すは、SH利守晴選手。
以前、新聞記事で読んだことがある。幼き頃、試合前に流すラガーマンの涙の理由が分からなかった選手が、実際その舞台に立ったら涙が溢れてきた、と。
その場にたどり着いた者にしか分からない感情を理解しました、と言った。
今年のチームを率いるは、高比良キャプテン。ここ花園で、研ぎ澄まされたプレーを何度も見せ続けている。
プレーで頼りになるキャプテンだが、「実は泣き虫なんですよ」と打ち明けたのはFB隅田誠太郎バイスキャプテン。
「去年の先輩たちが引退した時も泣いていたし、国体で優勝した時にも泣いていました。大型犬のような感じでかわいくて、とにかく優しい。仲間思いの良いヤツなんです。」
そしてこの花園期間中、穏やかな笑顔で高比良キャプテンがグラウンドに立つ理由を「恭介なりに寂しいという気持ちがあると思う。だからここ花園で過ごせる東福岡としての最後の時間を、楽しんでいるのではないか」と推察した。
準々決勝・茗溪学園戦で大会最初の被トライを浴びると、東福岡の選手たちはすぐさま全員でハドルを組んだ。
気付けば練習中も、しんどい時には自然とハドルを組むようになっていたという。
「キツい練習をみんなで乗り越えてきた。決勝戦では、常に声を掛け合って同じ方向をみんなで見ることが大事になる。(隅田バイスキャプテン)」
日本一へと続く同じ絵を描く準備は整った。
茗溪学園戦、トライを取られた直後の円陣
振り返れば、チームが始動してからの11か月間は、花園で戦うメンバー選考の期間でもあった。
その間に様々なプレー面での引き出しを用意し、『ミニッツ』と呼ばれる時間を区切った試合よりもキツく苦しい練習をしながら、フィジカルと状況判断力を養ってきた。
そして迎えた、12月17日。
花園でプレーする選手登録者30名の発表行うと、花園ではどの引き出しを、いつ、どのように開けるかの細部をつめる作業へと突入した。
試合前日のミーティングは選手主導。
引き出すと決めたプレーにサイン名をつけ、その詳細をミーティングで詰める。その後グラウンドに出れば、実際のピッチ幅で確認し、改めて修正を夜のミーティングで行う。
監督・コーチ陣はほとんど口を挟むことなく、グラウンドに立つ選手たち自身で納得するやり方を模索する。
準決勝前に行われたミーティング時間は、実に3時間。
密度の濃い2週間を過ごすことこそが、東福岡の選手たちが花園で大きな成長を遂げる理由である。
稗田新コーチは言った。
「2回戦に出た選手も、3回戦に出た選手も、みんなヒーロー。」
登録メンバー30人の中には、準々決勝以降出場機会を得られない選手もいる。だがそんな選手たちが2・3回戦を戦ってくれるから決勝戦に挑めるのだ、と。
登録選手30人のうち、3年生は24名。
サポートメンバー10人中、3名が3年生。
残りの28名、半分以上はノンメンバーとしてスタンドからエールを送る。
20名近いスタッフも、連日遅くまで選手のコンディションケアに分析にと全力を尽くす。
藤田雄一郎監督は言う。
「チームに関わる全員が、必要とされる存在になれています。」
チーム高比良恭介。
どんな最後の60分間を彩るか。
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