桐蔭学園
ゲームプランはシンプルに。
試合の入りで、ブレイクダウンの主導権を握ろう。
ブレイクダウンにこだわったのは、ミスが多くなるであろうことを想定してのことだった。
「ちょっと球離れが良くなりすぎてしまった」と、7番・申驥世キャプテンは話す。
成長の証だった。
ゴールデンウィークに行われた、サニックスワールドラグビーユース交流大会2024。オフロードパスを武器に勝ち上がると、同校史上初めて決勝戦まで勝ち進んだ。
だから、この日もサニックスワールドユースで上手くいっていたプレーを試してみる。しかし、繋ぐことを意識しすぎたミスが立て続けに起こった。
申キャプテンは、途中で決断する。
いつも通り、2人目がしっかりとラッチして押し込もう。自分たちの基本に立ち返ろう。
「前半の中盤以降は、流れがこっちに傾き出しました。でもまたミスが出てしまって。点は取れるけど完全には傾き切らなかった。流れを掴めそうで掴めない感じ」の60分間を過ごした。
それでも勝ち切ったのは、軸の強さゆえ。
「新人戦の時にこういうゲームになっていたら、厳しかったと思う。でも選抜大会やサニックスワールドユースを経験して、自分たちの軸が決まってきた。だから、ブレ切らなかったのかな、と思います(申キャプテン)」
立ち返った基本プレーの強さは、昨季のチームからしっかりと受け継がれている。
ミスが続いたゲームの中でも、収穫は多い。
4トライを取れたこと。
数分ではあるものの、自分たちの時間帯を作れるようになったこと。
そしてその自分たちの時間帯で、連続トライを決めたこと。
「連続してトライを取る、ああいう時間が大事です」と藤原監督は言う。
流れを明け渡さず、好機でたたみかける強さは、サニックスワールドユースで培われた自信に起因した。
大会優勝候補だったオーストラリアチームと対戦し、勝利を収めた準決勝。するとその日の夜、オーストラリアの選手たちはこぞって宿舎へと訪れた。
「チームウェアを交換してくれ」
どうしても桐蔭学園デザインのものが欲しかったオーストラリアの選手たちは、ウインドブレーカー1枚に対して自チームのトレーニングウェア5枚を差し出す人もいたという。
そして、その交換した服を着て、オーストラリアの選手たちは決勝戦で声援を送ったそうだ。
敗れた相手への敬意を、桐蔭学園の選手たちは感じ取る。
申キャプテンは「反応が分かりやすかった。認めてもらえたんだ、と思いました。自信になりました」と語り、藤原監督も「そういうことなんです。リスペクトだよね」と喜んだ。
申キャプテンは桐蔭学園の短パンを渡し、相手からはセントオーガスティンカレッジの短パンを受け取ったそう
これで、関東大会Aブロックを獲得した桐蔭学園。
「今日は手堅いゲームだった。関東大会では、もう少しリスキーなことをやってみたい」と藤原監督は言う。
「今年チャンピオンを取るなら、そういうこと(リスクのあるプレー)をしないと勝てないだろうなと思うので。うちが今何をやっているか、というのが少し分かりやすく見せられるのではないかな、と思います」
そして申キャプテンは誓った。
「みんなに聞いてもらっても、全員が口を揃えると思います。関東大会は、関東新人大会で負けた國學院栃木さんにリベンジする大会。コクトチを意識しながらも意識しすぎず、結果的に借りを返したいなと思います。でも1日目に対戦する昌平さんも弱い相手ではないので。まずはしっかりと勝ち切って、そして目黒学院さんか國學院栃木さんの勝者と2日目に戦って、関東1位を奪還します」
関東大会Aブロックの2連覇ではない。
関東新人大会の借りを返す『チャレンジャー』として、関東大会に挑む。
◆
藤原監督が期待を寄せる選手がいる。
14番・草薙拓海選手。
U17関東ブロック代表経験を有し、ライン際での力強さが魅力のウイングだ。
この日対戦した東海大相模には高校日本代表候補のWTB恩田暖選手がいたが「うちには草薙くんがいる」と名将に言わしめた。
草薙選手はウクライナとロシアの血を引く
サニックスワールドユースでのこと。
外国人選手たちから唯一嫌がられていた選手が草薙選手だった、と藤原監督は振り返る。
「草薙がボールを持つと観客が沸いていました。海外の人たちにとって、沸くポイントは『ボールを持っている人間がいかに走るか』。紺の14番が良い、というのを分かった上で、決勝戦で草薙がトライを取ると沸いていた。あれなんです。あの歓声が、海外の人たちからの評価なんです」
嬉しい監督評だった。
期待の右ウイングは、ここ数カ月でメキメキと存在感を増した。
ボールタッチが増え、ゲインメーターを稼ぐ回数も大幅に増えた。
その理由について、草薙選手自身はこう分析する。
「去年は先輩たちのサポートにつくことが仕事でした。でも今年のチームは、昨年ほどの得点力がありません。だから自分の強みであるフィジカルやランを活かしてボールをもらうこと、走り込むルートを考えて、要求するコールもしっかりと出すよう意識しています」
どうやってトライに結び付けるか、どうやったらビッグゲインに繋がるか、と考えるようになったのだ。
「ウイングはボールタッチの回数が限られている分、一つのチャンスをものにしなければいけない、ということをサニックスワールドユースで学びました。経験値も増え、キックカウンターやずらして当たる感覚も養われたと感じます」
嬉しいのは、自分自身が「チームの一員になれている感じがする」と感じられること。
昨季の花園優勝も、もちろん嬉しかった。ただ、自分が優勝に関わった感覚はなかった。
チームが勝ったという事実だけが、草薙選手の中に残っていた。
「いまは、自分がゲインを切って、トライをする。チームに貢献できている感じがあります」
この日は、キックにも挑戦した。
結果としてダイレクトタッチにはなってしまったが、新たな武器を身に着け始めた。
自らが抜けた後には、状況いかんで味方へボールを放ることも意識する。周りを見て、状況判断することがこれからの課題だ。
藤原監督は言う。
「体が強い。まだまだ伸びますよ」
まだまだ、エース街道も道半ばだ。