「いつか一緒に日本代表になろう」を叶えた桜の9番。U20日本代表スクラムハーフ・髙木城治&村田大和

スコットランド・エディンバラで7月に行われた、ワールドラグビーU20トロフィー2024。
U20日本代表として戦った2人のスクラムハーフがいる。
報徳学園高校を卒業し、京都産業大学に進学した村田大和選手。
そして東福岡高校から京都産業大学へと進んだ、髙木城治選手。

兼ねてよりライバルだった2人は、『U-20 JAPAN』の文字が入った桜のジャージーを着ることが許された、たった2人のスクラムハーフになった。

2019年12月29日に行われた、第25回全国ジュニア・ラグビーフットボール大会・決勝戦。

当時中学3年生だった大阪府スクール代表のスクラムハーフ・村田大和選手は、福岡県代表との試合を終えると、対戦相手のスクラムハーフ・髙木城治選手に声を掛けた。

「ふたりでいつか、一緒に日本代表になろう」

髙木選手は答えた。

「なれるやろ」

それから5年後の、2024年7月。

2人は、U20日本代表として、ともに桜のジャージーに袖を通した。

ワールドラグビーU20トロフィー2024の4試合中、髙木選手が3試合に先発。リザーブから村田選手が登場すれば、最後の一戦は役割を交替した。

2人でたどりついた、桜のジャージー。

有言実行に「嬉しいです」と村田選手は笑顔を見せた。

一方の髙木選手は、かのエピソードについて「まじで覚えていない」と苦笑いする。

それでも髙木選手にとって村田選手は「中学生の頃から意識していた存在」。高校入学直後にはAチームで試合に出ていた村田選手に比べ、髙木選手が全国の舞台に出場するようになったのは、高校3年生から。

「うらやましいな、と思っていました。自分も頑張ろう、と思える存在でした(髙木選手)」

ライバルの存在が、互いを強くした。

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高校卒業後は、奇しくもともに京都産業大学へと進み、そしてU20日本代表へ。

毎日、最も身近にライバルがいる環境を過ごす。

髙木選手は「ヤマトがいたからこそU20日本代表活動でも慢心せず日々成長できた」と言う。

もちろん村田選手にとっても、髙木選手は「友だちであり、ライバル」。

同じ大学だからこそ、相手の努力も、成長だって誰よりも知っている。一番近くにいるからこそ比較される状況に、悩んだ時期だってある。

でも、もし別の大学に進学していたら。

「そういう競争は出来なかったと思う」と村田選手は話した。

「ジョージが近くにいるからこそ、学べることがたくさんあります」


第3戦・U20スコットランド代表戦での髙木選手

2人には、互いに尊敬するところがある。

村田選手の「気合い」は別格だと、髙木選手は言う。

「結構タフです。練習時の試合形式のメニューでも、タフ。自分は結構サボっちゃうのですが、結構嫌なところにいてイライラさせられています(髙木選手)」

試合中も、村田選手の声は、よく通る。


3位決定戦・U20ウルグアイ代表戦での村田選手

かわって村田選手は、髙木選手の「発言」に尊敬の念を抱く。

自分が言ったことを最後まで貫き通す、その自信が「すごい」と感心する。

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同じ大学に進んで良かったね、と思える未来が訪れますように。

そしてまた、いつか。

今度は『U-20』の文字がない桜のジャージーを、2人で。

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