本日もラグビー場より、愛を込めて|&rugbyが見た景色

いつまでが春で、いつからが夏なのか。近年は、その境目が曖昧だ。

だから初夏だと感じたら、もう夏として書くことにする。

2025年5月16日(金)。大分県大分市で、U20日本代表とNZU(ニュージーランド学生代表)の試合が行われた。

ワールドラグビー主催の国際大会『ワールドラグビー U20トロフィー』が開催されなかった今年、これが2025年度のU20日本代表にとって、唯一の公式戦だった。

活動期間は、わずか5日間。それでも試合終盤に逆転し、U20日本代表は52-45で勝利を収めた。

この世代は、中学・高校とコロナ禍の影響を大きく受けてきた。さまざまな中止が「しょうがない」で片付けられ、夢や挑戦の場が断たれることにも慣れてしまっている。

だからこそ、不可抗力を前にしても、感情を大きく揺らさず、前を向く強さが身についたのかもしれない。

「U20トロフィー大会を戦いたかった。だけど、ないならないで執着はない。目の前のことをやるだけです」

ある選手のその言葉が、強く胸に残った。

試合は、無料開催だった。選手たちの家族や高校時代の恩師、そして熱心なラグビーファンらがスタンドに集い、あたたかな雰囲気のなかでキックオフを迎えた。

その舞台を支えたのは、日本ラグビーフットボール協会の“手作り”にあった。

国歌斉唱のキュー出しを担当したのは、U20日本代表チームディレクターの中山光行氏。

「手作りやからな」

そう微笑んだ中山氏は、まるで保護者のように優しい眼差しで選手を見つめる。「この5日間は、選手にとって一生に一度だから」と労を惜しまなかった。

またこれは余談だが、その後行われたJAPAN XVの別府合宿では、15人制男子日本代表のチームディレクター・永友洋司氏が、練習の合間にエディー・ジョーンズ日本代表HCに走って水を届ける姿も見られた。さらには分析用ビデオの撮影役として、やぐらの上にも上がっていた。

役職に関係なく、チームのために手を動かす姿。ラグビー日本代表を支える現場力を、夏の初めに目の当たりにした。

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今年は、とにかく暑かった。

6月に行われた関東大会は栃木県開催だったが、尋常じゃない灼熱ぶりだった。朝から晩まで7試合。天然芝と人工芝のグラウンドを行き来しながら見続けたが、人生初の熱中症になってしまったほどだった。

その関東大会でチャンピオンになったのは國學院栃木高校。文句なしの王者だったと思う。

だがそんな國學院栃木高校も、全国選抜大会では1回戦で佐賀工業に敗れ1回戦敗退。主将が足を負傷しており、万全のコンディションではなかったことが大きく影響した。

今年の國學院栃木高校にとって、キャプテンの存在はそれほど大きなものなのだ。

CTB福田恒秀道。

誰もが認める、キャプテン。プレー面でも精神面でも、チームの中心にいる。

時々思う。キャプテン1人に、ここまで背負わせてしまっていいのだろうかと。高校生なのに、と。

それでも、彼は背負う。嫌がることなく、重荷に感じすぎることもなく、ナチュラルにチームの柱であり続ける。

女子マネージャーの岡田美咲さんが教えてくれた。今年の國學院栃木高校は「福田丸」なのだと。

昨年、花園ベスト4入りした先輩たちが示してくれたのは航海図だった。その地図を頼りに今年は大航海へと出るため、「ツネ(福田キャプテン)を船長にした福田丸」をつくりあげたのだという。

けれど、全国選抜大会でさっそく大きな穴が開いた。出航したと思ったら、すぐに修理工場へと逆戻り。この1年間、とても大変な道のりだったという。

それでも、誰一人諦めなかった。その地図と、その船を信じた。

だからみんなで修復した。そして船長は常に道を切り拓いた。先輩たちが残した地図を頼りに道なき道を進み、大海原を迷わず進んだ。

実に圧巻だった関東大会。

強いとか、強くないとか。勝つとか、負けるとか。そういう次元を少し超えたものを感じた。そんな試合だった。

その1ヵ月後。國學院栃木高校は、第12回全国高等学校7人制ラグビーフットボール大会で、初の日本一へと輝いた。

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7人制大会では、衝撃的な出会いもあった。高知県は土佐塾高校の、栁隼十選手。数分見ただけで「この子は何だ」と思った。

線は細いのに強気で、ルートの選び方が独特だった。彼がボールを持つことを願っている自分がいた。

聞けば、なんとまだ2年生らしい。後にU17中四国代表として再会したコベルコカップで「何を意識してプレーしているのか」と聞くと、進学校の選手らしい賢い答えが返ってきた。

「以前ステップを踏んで、止められたことがありました。その後ずっと、『あの時こうしとけばよかったんじゃないか』と考えていたんです。あの時はこういう結果になったから、次は別のプレーをしてみよう。そういうことを練習や試合で積み重ねてきました」

改めて驚いた。

今年、高知中央に勝利し7大会ぶりの花園出場を決めた土佐塾高校。この冬、ぜひ多くの人にその姿を見て欲しい。

夏の菅平では、本当に多くの学びを得た。

その中の一つが、昌平高校で見た光景。オーストラリア人のスポットコーチ、エキスポ・メヒア氏の指導は、とても新鮮なものだった。

「ターゲットゲーム」と定めた試合の前には、気持ちを高ぶらせるのではなく、逆に落ち着かせる光景が印象的だった。低いトーンで、ゆっくりと言葉をかける。ミーティングも静かに行い、そのまま一斉に試合へ入った。

試合後の指導も心に残る。例えば、自らがヒーローになろうと無理なプレーでペナルティを受けた選手に対して、問いを投げかける。

「そのプレーで、20メートル下がった。君のジャージーに書いてある言葉は何だ?君の名前は書いていないだろう?書いてあるのは、学校の名前だけだ」

だからプレーの一つひとつが、自分一人のものではなく、チームを代表するプレーになる。自分がヒーローになるためにラグビーをするのではない。そう、伝えていた。

確かにラグビージャージーには、選手の名が書かれていない。そこにあるのは、背番号と、学校の名前だけ。

何のために戦うのか。胸にある学校の代表として、チームの代表として選ばれた15人がピッチに立っている。だから、自分がヒーローになろうとしてはいけない。

その考え方に、ラグビーという競技の本質を垣間見た気がした。

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