3月31日
報徳学園サイドに大会運営側から決勝戦中止との連絡が入ったのは、正式リリースとさほど変わらないタイミングだった。
つまりは試合前夜の夜中。
就寝している生徒たちもいたため、監督やコーチは生徒たちをすぐさま集めることはしなかった。
ただ、時代の流れか。SNSなどを通じ、選手たちはそれぞれに中止の報を耳にする。
「夜、みんなでミーティングをして。スパイクも磨いて。寝ていた人もいましたし、僕もそろそろ寝ようかな、というタイミングで、発表を見た人がドアを叩いて知らせに来てくれました。(植浦慎仁キャプテン)」
40年近くの長きに渡り、毎年試合を行う間柄の報徳学園と東福岡高校。
定期戦となった今、互いにファーストジャージで秋口にゲームを行う。
コロナ禍でなければ、ホームステイをしながら交流を深めているという。
だが、全国大会ではこれまで一度も対戦したことがなかった。
全国の舞台で初めて、ようやく、東福岡と対戦することが出来るはずだった。
だからこそ報徳学園の選手たちの落胆は相当なもの。
「決勝戦が中止と聞いた時『東福岡とやりたかった』という選手たちが多かった。(植浦キャプテン)」
朝方まで寝付けなかった人もいたという。
31日の朝、みなが集まると、西條裕朗監督から決勝戦の中止が選手たちに伝えられた。
そして代わりに練習試合が検討されている、ということも併せて発表される。
受けるか、受けぬか。
監督・コーチは、選手たちに判断を委ねた。
練習試合をして、負けたら心ない言葉を浴びるリスクがある。
一度切れてしまった気持ちを、また試合モードに戻すにも相当の労力がいる。
報徳のファーストジャージを着る責任。
初のタイトル獲得に向け、作り上げていた張り詰めた気持ちをリセットせざるを得なかった選手たち。
少し、時間が必要だった。
苦しい選択。
それでも、西條監督や泉光太郎ヘッドコーチから掛けられた「優勝、日本一という事実は変わらない」という言葉で、植浦キャプテンを始めとするリーダー陣は気持ちを固めることが出来た。
そして仲間に「僕たちが成長出来るチャンス。試合が出来るんだ、やるしかない」と声を掛け、他の選手たちも頭を上げた。
さくらオーバルフォートで行われた前日練習では、報徳学園ラグビー部らしいとびっきり明るい雰囲気だった
***
キックオフ予定時間の1時間強前ーー時刻にして9時30分を過ぎた頃ーー両チームの監督が大会委員に呼ばれ、本部へと足を運んだ。
さくらオーバルフォートに戻ってきたのは、午前10時15分。
二言三言、西條監督と藤田監督とが言葉を交わし、それぞれのチームに戻った姿で、まずは11時からの試合が無事に行われることを汲み取る。
「閉会式もなくなり、選抜大会は既に終わったことを確認しています。だからこの練習試合は、選抜大会が終了した後に両校の学校長が了承の上、行ったものです。」
後に東福岡・藤田監督はそう説明した。
ともにファーストジャージ。監督は、スーツ姿。
埼玉ワイルドナイツが作った得点板を捲るは、東福岡のOB・布巻峻介氏。
キックオフ20分前、東福岡・藤田監督は選手たちを集めた。
「いろんな人たちの想いを力にしよう。」
報徳学園からも「楽しんで!」の声が掛かる。
スクラムハーフ・村田大和選手の左手首には『Enjoy!!』の文字が書かれていた。
両校揃ってピッチサイドに並ぶと、埼玉ワイルドナイツの選手・スタッフに向かって御礼の挨拶した。
「今日は、貴重なグラウンドを貸して頂きありがとうございます。このような機会を設けて頂き、自分たちの成長が出来る場を、ラグビー出来る場を設けて頂き本当に感謝しています。ありがとうございます。」
2022年3月31日午前11時、さくらオーバルフォートにて、東福岡 対 報徳学園の練習試合は始まった。