エピローグ
大会実行委員会による苦渋の決断。
辞退勧告を出すまでに、一体何人の大人たちが涙を呑んだのだろう。
大会を実行する委員会が、大会の大一番である決勝戦を行わずに終わらせる、という判断。それは全て、大会に参加してくれている高校生たちを守るためのものであった。
大会の競技役員表、所謂実務部隊、に名を連ねるのは、埼玉県内の高校でラグビー部の監督等を務める学校の先生たち。
平日日中は自らが務める学校で授業を行い、放課後・休日は部活動。その合間を縫いながら実行委員会の会議に出席し、今大会も作り上げてきた。
ここで埼玉県予選のとある1日のスケジュールを紹介させて欲しい。
地方予選は、各学校のグラウンドで試合を行うことがほとんどである。
自らの学校が試合会場となった先生は、運営役として朝早くからテントや資材を設置。
1試合目は運営本部のテントで記録係を務めた後、2試合目は自チームの試合で監督業を。3試合目はすぐさま役目を変えレフリーとして笛を吹き、4試合目は再び、運営本部へと戻る。
とてもではないが、学校のグラウンドが会場となる試合を有観客にし、観客をコントロールする余裕などどこにもない。
そうやって、おそらく、どこの都道府県においても、たとえ保護者であっても試合を見られずとも、生徒たちがラグビーする機会を作りだそうと奔走してきた2年間だったのではないか。
大会委員にももちろん、その実担当者の名が並ぶ。
一番、試合をさせてあげたかったのは、この大会の重要性を十二分に理解している実行委員会の方々だったであろう。
生徒たちのことを一番に考えて、決勝戦を中止にすると判断した大会実行委員会。
生徒たちのことを一番に考えて、決勝戦という形ではなくとも何とか試合を行える形を模索した、東福岡高校と報徳学園。
そして、そんな生徒たちのことを一番に考える両校の想いを汲み取り、自分たちが提供できるリソースを最大限に差し出した埼玉パナソニックワイルドナイツ。
全員に共通する主語は、コロナ禍でもラグビーすることを諦めない「生徒たちのために」である。
ただ、それぞれの立場によって、見る・考える角度が異なったがために生まれた今回の「練習試合」。
肝心の「生徒たち」は、誰よりも大人で、全ての事態を正しく理解していた。
だから東福岡高校の生徒から述べられた言葉は「選抜大会を開催するために、様々な方が協力をしてくださっていることが分かった。大会があって本当に良かった。感謝しています(大川キャプテン)」「この試合を受けてくださった報徳学園さんには感謝しかない(石原選手)」。
大会を開催してくれたことへの感謝。そして難しい心情の中、この一戦に挑むと決意した報徳学園への感謝であった。
報徳学園の選手たちもまた、敗戦した時に自らに降りかかるであろう心ない「外野」の言葉を覚悟した上で、この舞台に立った。
「勇気をもって挑んだ生徒たちは、本当に偉い。一番男前なのは、リスクを恐れず勇敢に戦った報徳学園ラグビー部の生徒たちだと自負しています。(報徳学園・泉HC)」
どうか主役である「生徒たち」が、今回の一件によって苦しい思いをしていないことを切に願う。
「今すぐでなくていい。いつかどこかで『あの時の経験が活きた』と思える日が来て欲しい(泉HC)」何度も円陣を組んだ報徳学園。第23回全国高等学校選抜ラグビーフットボール大会優勝、おめでとう。どうか誇りに。
新型コロナウイルスが世界中で猛威をふるって早丸2年。
桐蔭学園の守安史成バイスキャプテンは「(練習時間が制限されているため)桐蔭本来の考えるラグビーまで至っておらず、機械的なラグビーしか出来ていない」と、自らの在りたき姿とのギャップに歯がゆい思いがあることを教えてくれた。
更に城東・伊達監督や東海大大阪仰星・湯浅監督らは「今の1年生たちが中学3年生の時に、最上学年としてのチーム活動経験、大会経験がない。それが来年どう影響するか」と、これまで以上にユース世代のラグビー界に大きな影が落とされていくであろうことを伝えてくれた。
誰もが経験したことのない、長きに渡る異常事態。
本当の意味で『WITH コロナ』の中、社会生活を営む方法を、ラグビーを続ける方法を、一人ひとりがもう一度考えるべき時が来ている。