菅平合宿も終わり、迎えた9月。ある朝、携帯に対抗戦初戦のメンバー表が届く。
「僕、最初リザーブの方を見たんです。そこには名前がなかったんで『あかんか』と思って、そのまま閉じようとして。その前にスタメンは誰やろと思って見てみたら、僕の名前が入っていました。」
その時の感情は、一言では表せない。
「びっくりして、僕。」
「やらなあかんなぁ、と思って。」
驚きと、任された責任と。
青山学院大学ラグビー部Aチームとしての先発デビュー戦は、晴れて対抗戦デビュー戦となった。
緊張はしたが、前夜はよく眠れたという。「会場着いて、秩父宮を見たらやっぱりめちゃくちゃ緊張しました(笑)」
村松歩ヘッドコーチは、芦髙選手の起用理由についてこう説明する。
「80分間、低くて厳しいタックルをし続けられる選手。明治大学さんには素晴らしいランナーがたくさんいるので、その良いランナーに対して早くタックルをしていく、スペースを奪っていくことを期待して起用しました。」
試合前のウォーミングアップを終えると、1人のコーチが芦髙選手の肩に手を伸ばした。
「やりきれよ。(持ち味である)ディフェンスを全部出し切って、出来ること全部やってこい。」
たくさんの人の応援を背に、秩父宮のピッチに立った。
80分間のフル出場だった。
「これだけ点差がついたので、彼の中でも満足するプレーは少ないと思う。それでも随所に、膝下に入る鋭いタックルが見られました。局面局面では、彼自身も自信に繋がるプレーがあったのではないかな、と思います。(村松ヘッドコーチ)」
初めての秩父宮。初めての対抗戦。初めてのAチーム先発戦。
いろんな『初めて』が重なった試合を終えた芦髙選手は「秩父宮という素晴らしいグラウンドで、明治大学さんという素晴らしい相手と試合することができて、自分にとって大きな財産になりました」と感謝した。
コーチ陣から期待されたタックルについては「ちょっとは出来たかなと思っています。でも、もっと出来るとも思うんです。試合が終わった後、コーチから『もっと出来るぞ』って言われました。もっと上を目指したいです」。
もっと出来る。
もっと上を目指したい。
その『もっと』が宿る限り、成長は決して止まらない。
試合前には、ともに苦しい時間を乗り越えた両親から、激励のLINEが届いた。
「足、気をつけなさい。」
そして、もう一言。「死ぬこと以外、何も怖くない。爪痕残しなさい。しっかりやれ。」
親の変わらぬ愛情。青学のチームTシャツを着て、愛知県から駆けつけてくれましたと喜んだ。
芦髙選手には、大事にしている言葉が2つある。
ひとつは、『寝られる時に寝ときなさい』。
寝るときは寝る、休む時は休む。そういう時もある、ということを知っている人だからこそ大切にできる言葉でもある。
そして、もう一つ。『水中でも、人の涙に気付ける人になりなさい』。
たとえ水の中にいたとしても、人の涙に気付けるぐらいの気付く力を持ちなさい。ひいては、目を配り、周りの変化にきちんと気付ける人でありなさいという意味だと解釈する。
試合中、その言葉を象徴するシーンがあった。
タフなゲームとなった一戦に、足を攣る人が相次ぐ。No.8辻村康選手もそのうちの1人。メディカルが出払っているのを確認すると、芦髙選手は率先して辻村選手の足に手を伸ばしストレッチを手伝った。
目を配り、心を配ること。心得、体現した。
試合後、薄暗くなった秩父宮ラグビー場を背に、芦髙選手は次なる目標を誓った。
Aチームで試合に出続けること。そのためには、ライバルに勝ち続けなければならない。
そして、チーム目標である大学選手権に出場すること。
低く鋭いタックル。何よりもディフェンス。
誰にも譲らぬ持ち味で、これからも真っ向勝負を挑む。
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